蔵開き (年中行事 1月11日)
- 起源
- 江戸時代・大名が米蔵を開く儀式
- 一般的な日付
- 正月11日
- 11日に定まった理由
- 徳川家光の月命日(20日)を避けて変更
- 儀式の手順
- 神主を招き、御神酒を供え、鏡餅を木槌で割る
- 現代の継承
- 酒蔵の蔵開きイベントとして各地で開催
江戸時代の大名が新年に米蔵を開く儀式を行ったことが、蔵開きの起源とされています。武家の習慣が町人・商人の間に広まり、年の瀬に閉じた蔵を新年初めて開く行事として定着しました。商売をする家では、神主を招き、主人以下が威儀を正して蔵の前に並び、大黒柱の下に御神酒を供えてから扉を開く手順が踏まれました。
日付が正月11日に定まった背景には、三代将軍・徳川家光の月命日が関係しています。家光は4月20日に死去したため、その月命日である毎月20日の祝い事が憚られるようになりました。もともと20日に行われていた鏡開きが11日へと移され、ちょうど商家の蔵開きが行われていた日と重なるようになったのです。11日は旧暦で「大安」にあたりやすく、吉日として選ばれていた事情もありました。
蔵開きでは、鏡餅を木槌で割り(刃物を使うことは縁起が悪いとされ避けられました)、雑煮や汁粉にして食べる習わしがありました。この点は鏡開きと共通しており、両者は同日に重なりながらも別々の意味合いを持っていました。鏡開きが武家の具足飾りに供えた鏡餅を開く行事であるのに対し、蔵開きはあくまで商家の蔵を舞台とした商売儀礼です。蔵開きの対象となる「蔵」は、米・金銭・商品を保管する土蔵でした。江戸時代の豪商や大名は複数の蔵を持ち、その管理は家の財力の象徴でもありました。蔵を「開く」行為には、新年から家の富を動かし始めるという実務的な意味と、神への奉告という宗教的な意味の両方が込められています。吉日を選んでいた時期には、家ごとに日取りが異なっていましたが、11日への集約により江戸の商家で同日に行われる共通行事へと変化しました。
現代では伝統的な商家の蔵開きを目にする機会はほぼなくなりましたが、酒蔵が新酒の搾りたてを振る舞う「蔵開きイベント」として名称が受け継がれています。こちらは酒造りの開始・終了を祝う催しで、蔵見学や試飲を伴う開放的なイベントとして各地で開催されています。起源となった商家の儀礼とは性格が異なりますが、「蔵を開いて人をもてなす」という精神は通じています。
1月11日の他の記念日
1月11日のカレンダー情報
1月の二十四節気・雑節
- 小寒(しょうかん) 1月5日(月)
- 大寒(だいかん) 1月20日(火)
- 冬の土用(どよう) 1月17日(土)