乾田直播栽培の実践ガイド:機械化・除草・施肥の要点
ベストカレンダー編集部
2025年08月15日 02時10分
水を張らない稲作が広がる背景と、乾田直播とはどんな栽培か
乾田直播の定義と基本的な考え方
乾田直播(かんでんちょくはく、または単に直播)は、田面を乾いた状態のまま播種を行い、発芽・苗立ちが揃った段階で入水(湛水)する栽培体系を指します。従来の移植栽培(苗を作って田植えを行う)や湛水直播(播種直後から田に水を張る方式)とは異なり、代かきや田植え作業、初期の長期水管理の大部分を省略できます。
この方式は単に「水を張らない」という点だけでなく、ほ場の排水性や均平性を高めることで、ほ場の機械化・大区画化を進めやすくするという営農体系上の特徴も持ちます。結果として、省力化や低コスト化、大規模化に適した稲作モデルになります。
導入が進む社会的・技術的背景
日本の農業は担い手高齢化と生産者数の減少が進み、少人数で大規模に効率よく生産する手法が求められています。乾田直播は、代かきや苗運びなど労力を要する作業を削減できるため、労働時間・労力の大幅削減に貢献します。NHKの取材では、埼玉県の事例で春〜初夏の繁忙期労働時間を約7割削減したとの報告もあります(後述の事例参照)。
一方、発芽や苗立ちの安定性、乾田期の雑草対策、窒素供給の遅れに起因する初期生育不良など、技術的な課題もあります。近年は高性能な播種機(例:グレーンドリル)、レーザー均平機や鎮圧器具、そして液体肥料や新規資材の活用により、これらの課題を克服する研究・実証が進んでいます。
乾田直播がもたらす主な利点
労力削減・省コスト:代かき・田植えなどの作業が不要になり、人手や機械稼働時間が大幅に減ります。播種作業がトラクタ牽引の大型機械で短時間に終わることで、春の作業集中を回避できます。
輪作や圃場管理の柔軟性向上:畑作寄りの作業体系になり、小麦や大豆との輪作がやりやすくなる、あるいは圃場を乾田化することで土壌物理性や排水性を改善できるなどのメリットがあります。
代表的な課題と注意点
乾田時の降雨で種子が窒息するリスク、苗立ち前後の雑草競合、基肥の窒素成分の脱窒・流亡、畦畔からの漏水といった問題が特に重要です。これらを避けるには、圃場整備(均平・排水性向上)と播種直後の鎮圧、適切な除草剤体系、緩効性肥料の利用などが必要になります。
なお、地域や品種、播種時期により適切な播種量や施肥量は変わるため、地域指導機関や試験圃(う)での実証に基づいた設定が重要です。
現場で成功させるための準備と機械化の設計
ほ場準備の具体的手順(工程と目的)
乾田直播は苗立ちまでは乾田状態を保つため、排水性と均平性を高めることが最優先です。以下は典型的な準備工程です。
- 耕起(プラウ、スタブルカルチ)—残渣のすき込みと心土破砕で透排水性を向上。
- 整地(パワーハロー等)—砕土して保水性を改善し播種床をつくる。
- 均平(レーザーレベラー)—田面の高低差を10cm以内にして入水後の水管理と除草剤効果を均一化。
- あぜ塗り・畦畔整備—播種後の入水で漏水しないように強固な畦を作る。
- 排水溝整備(額縁明渠等)—圃場の早期乾燥と排水を確保。
これらは単なる作業順序ではなく、苗立ち時に必要な土壌物性(保水・透水のバランス)を作るための重要工程です。
播種機と作業体系:グレーンドリル等の使い方
乾田直播では主に畑作用の播種機(ロータリシーダ、グレーンドリル、不耕起汎用ドリルなど)が用いられます。グレーンドリルは高速での播種精度が高く、大区画での作業効率を大幅に上げる特性があります。ケンブリッジローラ等の鎮圧機能付き機器と組み合わせることで出芽の安定化を図ります。
播種深さの目安は地域や機械により異なりますが、一般的には15〜30mm前後。播種床の硬さ(足跡深さ)を示す指標として「片足かかとで踏んだ沈下量」を用い、目安は約40mm程度の硬さが推奨される例があります(播種深さ15mmのため)。
播種〜入水までの水管理と漏水対策
播種直後の降雨で種子が窒息しないよう、排水性を確保しつつ苗立ち後の分げつ期に備えた保水性を担保する必要があります。つまり、
- 苗立ち前
- 圃場を乾かしておき、播種床を鎮圧して酸素供給を確保する。
- 苗立ち後
- 早めに入水して分げつ(葉数増加)を促し、保水性を高める。
畦畔からの漏水対策としては、あぜぬり機で畦をしっかり整備する、苗立ち後の水入れ時に畦際のみ軽く代かきをするなどの実践例があります。圃場周辺高低差を10cm以内に抑えることも重要です。
施肥設計と新しい資材の活用事例
乾田期は土中窒素の無機化が遅れるため、基肥の即効性窒素が脱窒・流亡しやすく、初期成育が不十分になることがあります。これを補うため、緩効性肥料の導入や元肥の増量、播種同時施肥機能の付いた播種機の活用が推奨されます。
最近の興味深い取り組みとして、ビール醸造の副産物である「ビール酵母細胞壁」を原料とした液体肥料の利用があります。NHKの取材では、この液肥を葉面散布することで根の細毛が発達し養分吸収が向上、乾田直播での生育を安定させる効果が確認されつつあると報道されています(出典:NHK)。
参考リンク:NHK:水をはらないコメづくり「節水型乾田直播栽培」
現場管理と問題対策:雑草・病害虫・収量維持のための具体技術
乾田期の雑草対策(予防と初期処理)
乾田期に発生する雑草は、苗に対して葉齢が進んでしまうことが多く、放置すると大きな競合被害を生じます。したがって、発芽前または発芽直後の除草剤散布(1回)と、入水直前の除草剤散布(1回)の二段階防除が基本です。
実際の薬剤選択は対象雑草と登録条件(乾田での使用可否、降雨の影響等)に従います。ノビエ類(イネ科雑草)や一年生雑草には茎葉処理剤を中心に、必要に応じて土壌処理剤や絡めて使用する組合せ防除が行われます。
茎葉処理剤と一発剤の使い分け
ノビエの葉齢がイネよりも進行することが多いため、ノビエ5葉期まで効く薬剤体系の採用が推奨されます。茎葉処理剤(例:ノミニー液剤やクリンチャーバスME等)と一発処理剤の組み合わせにより、初期の雑草繁茂を抑えつつ入水後の除草効果を確保します。
ただし薬剤ラベルに従い、乾田状態や湛水の有無、散布タイミングに注意する必要があります。地域の普及指導や県の実証データに基づいて選定するのが安全です。
病虫害管理と品質確保
乾田直播では、移植栽培と異なる微気象や株間・倒伏傾向が生じるため、病害虫の発生様式が変わることがあります。特に苗立ち期の温度低下や多湿化が発生すると、苗立ち不良や病害(立枯病など)が起きやすくなるので、初期の管理が重要です。
葉面散布の液体肥料(例:ビール酵母由来資材)は、植物の防御反応を引き出し栄養吸収を促進して生育を安定させる効果が期待されていますが、長期間の実績はまだ蓄積中です。導入時は試験区や少面積での効果検証を怠らないようにしましょう。
収量と品質の実績・期待値(事例をもとに)
千葉県や各試験場での報告では、適切な圃場準備と機械化体系を導入した場合、移植栽培と同等の収量を確保できる例が報告されています。例えば千葉県の実証試験では、乾田直播で10aあたり約534kgという収量が得られ、移植栽培(528kg/10a)と同等であったとの報告があります。
一方、埼玉の事例では収量が従来比で約7〜8%減ったものの、品質は高評価を得ており、労働時間やコスト削減を勘案すると経営的にメリットが出るケースもあります。収量と収益のバランスは地域条件、品種、栽培管理によって大きく変わるため、経営指標と照らした判断が必要です。
導入時のリスク評価とトラブルシューティング
導入を検討する際は下記のリスク評価項目を事前にチェックしてください。
- 圃場の排水性・均平性:レーザーレベラー等で整えることが可能か。
- 畦畔の強度:漏水により苗立ちや除草剤効果が不均一にならないか。
- 地域の降雨傾向:播種期の降雨リスクが高い場合の対応策。
- 資材・薬剤登録:乾田時の薬剤使用条件の確認(ラベル遵守)。
トラブル例と対応案:
- 発芽不良:播種深さ・鎮圧不足・土壌温度低下が原因。鎮圧や播種深の見直し、播種量増で対処。
- 雑草蔓延:発芽前1回+入水直前1回の除草剤体系を徹底し、必要なら機械的前処理を追加。
- 漏水:あぜぬりや畦際の鎮圧、入水時の部分代かきで止水。
参考となる実証体系例(千葉県の機械化体系)
千葉県が示す機械化体系は、ほ場準備から播種、鎮圧、除草、入水までを一連で整理しており、導入のモデルケースとして参考になります。主要工程と時期・機械をまとめた表は次章で詳述します。参考元:千葉県:もっと省力化!-乾田直播栽培の機械化体系-
導入判断と将来展望:経営的な視点と普及の条件
経営効果の試算と人手削減の実例
乾田直播を導入すると、作業時間短縮と機械化による人件費低減が得られます。千葉県の実証では、耕耘から雑草防除までの作業時間が51%削減されたとのデータがあります。またNHK取材の埼玉事例では、繁忙期の労働時間を約7割削減、設備・機械コストを約6割削減できたという報告があり、経営改善のインパクトは大きいと言えます。
ただし初期投資(大型トラクタ、グレーンドリル、レーザーレベラー等)や圃場改良費用が必要となるため、面積規模や機械の共同利用、補助金の活用等を含めた総合的な導入計画が求められます。
普及に必要な条件と支援体制
普及拡大の鍵は以下の点にあります。
- 圃場の大区画化や機械化によるスケールメリットの確保。
- 地域営農・農機の共同利用やリース導入による初期投資負担の軽減。
- 試験圃での長期的な実証データの蓄積(収量・品質・連作障害等)。
- 資材メーカーと生産者の密な連携(例:液体肥料濃度など運用の最適化)。
公的機関や農機メーカー、資材企業の共同研究・実証が進むことで、利用ノウハウや安全な薬剤体系、施肥体系が整備されることが期待されます。井関農機や農業改良普及支援協会などの営農情報も参考にして計画を立てましょう(参考:井関農機の乾田直播ポイント)。
参考リンク:井関農機:乾田直播栽培のポイント
将来的な研究課題と技術開発の方向
今後の研究課題としては、連作障害の解決、長期的な品質・収量の安定化、乾田に適した品種開発、土壌微生物や有機資材を用いた保水・養分供給の改善などが挙げられます。また、精密農業(センシング、可変施肥、ドローンによる局所散布等)との連携により、乾田直播の生産性・環境負荷低減がさらに進むことが見込まれます。
なお、乾田直播に関する包括的な技術指針やマニュアルは国や研究機関からも提供されており、詳細な栽培指針を地域の気象や土壌条件に合わせてカスタマイズすることが成功の鍵となります。関連資料として国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(NARO)の技術資料も参照してください(NAROの技術資料PDF等)。
参考リンク(技術資料の一例):NARO:乾田直播に関する技術資料(PDF)
地域別の適地適作の考え方
乾田直播に向く圃場は、排水性が確保できること、区画が十分に大きいこと、機械が入れる作業道があることが基本条件です。寒冷地では発芽・初期生育の確保が難しいため、播種時期や肥培管理を工夫する必要があります。逆に暖地や中間地では播種適期が早められるため、移植と併用した作業分散が可能となり、営農計画の柔軟性が高まります。
したがって、導入前には地域の普及機関や営農指導員と連携し、気候、土壌、品種ごとの検討を行うことが重要です。
まとめ:主要ポイントの整理(このページの要点)
以下の表は、本稿で解説した主要なポイントをコンパクトに整理したものです。導入検討や現地実践時のチェックリストとしてご活用ください。
| 項目 | 要点 | 具体例・推奨対策 |
|---|---|---|
| 栽培概要 | 乾田のまま播種し、苗立ち後に入水する方式 | 代かき・田植え不要。播種はグレーンドリル等で行う |
| 利点 | 省力化・コスト低減・輪作の柔軟化 | 繁忙期の作業時間削減(事例:7割減の報告あり) |
| 圃場準備 | 排水性と均平性の両立が必須 | 耕起→整地→レーザー均平→あぜ塗り→鎮圧 |
| 播種機器 | グレーンドリル、不耕起ドリル、ロータリシーダ等 | 鎮圧(ケンブリッジローラ)と組合せる。播種深15〜30mm目安 |
| 水管理 | 苗立ち前は乾田、苗立ち後は速やかに入水 | 畦畔の強化、漏水対策、局所代かき等 |
| 除草 | 発芽前/発芽後早期1回+入水直前1回の二段階防除 | 茎葉処理剤+一発剤の組合せ。薬剤ラベルの遵守 |
| 施肥 | 基肥の窒素が流亡しやすいので緩効性肥料・増量が必要 | 播種同時施肥機能や液体肥料(例:ビール酵母由来)を検討 |
| 収量・品質 | 管理次第で移植並みの収量が可能。品質は高評価事例あり | 地域の実証データに基づき播種量・施肥量を補正 |
| 導入のポイント | 大区画化、機械導入、地域支援が成功要因 | 共同利用、リース、補助金活用、試験導入を推奨 |
本稿で示した知見は、千葉県や各種営農情報、NHKの取材記事、機械メーカーの解説、国の技術資料などを参考にまとめたものです。地域ごとの細かな適応条件や薬剤・資材の使用ルールは必ず最新のラベル情報や普及指導機関の指示に従ってください。
参考・出典:
最後に:乾田直播は確かに新しい稲作の選択肢であり、労力削減と営農継続性の向上に有効です。しかし成功の鍵は圃場準備・機械の選定・除草・施肥・水管理のトータル設計と、地域特性に合わせた調整です。まずは小面積での実証や、近隣圃場での現地見学、普及指導員との連携から始めることをおすすめします。