大阪万博のTECH WORLDは台湾パビリオンなのか?展示と狙い

大阪万博のTECH WORLDは台湾パビリオンなのか?展示と狙い
TECH WORLDって何?
TECH WORLDは玉山デジタルテックが民間主体で出展する館で、BIE非加盟のため正式な「台湾」表記ではないが事実上の台湾パビリオン。面積約2,129㎡で生命・自然・未来の三劇場や半導体・マイクロLED・AI等の技術を通じ、台湾の文化・産業を立体的に紹介する展示群だ。
リストバンドで心拍を取るのは何のため?
来場者のリストバンドは心拍などを記録し、AIで“こころが動いた瞬間”を解析することで個別の台湾旅行レコメンドや体験提案を行うために用いられる。利便性向上が狙いだが、個人情報の利用透明性やプライバシー保護が運営上の課題として指摘されている。

現地で体感する台湾発の「テクノロジーと物語」 — TECH WORLD の全体像

出展の背景とパビリオンの立ち位置

大阪・関西万博におけるTECH WORLDは、公式には民間企業である玉山デジタルテック(Tamayama Digital Tech)が出展主体となる館だ。台湾は博覧会国際事務局(BIE)に加盟していないため『台湾』名義での参加ができず、そのため民間主導のかたちで“事実上の台湾パビリオン”として展開されている点が重要である。規模・意匠・技術投入のいずれも大きく、来場者にとっては台湾の文化・自然・産業を立体的に知る窓口となる。

公式情報や報道によれば、TECH WORLDのパビリオン面積は約2,129平方メートル。万博会期(2025年4月13日〜10月13日)の来場者を見込んで、延べ来館者数は100万人規模が予想されている(中華民国対外貿易発展協会の発表を参照)。この数字は過去の上海万博台湾パビリオン来館者数を上回る見込みで、台湾側が期待を寄せるハイライト展示になっている。

出展主体
玉山デジタルテック(民間)
コンセプト
“共好”(共に良くなる) — 生命、自然、未来を通じた共感の創出
主要技術
半導体技術、マイクロLED、4K/8K映像、AI解析、インタラクティブセンサー等

デザインと象徴性 — 山の稜線が語るもの

パビリオン外観は台湾の地形、特に島の大部分を占める山岳(玉山など)をイメージした稜線で構成されている。命名の“玉山”は台湾最高峰の名に由来し、館の象徴として深い青色や連なる山のシルエットが用いられている。これは自然とテクノロジーの融合を視覚的に示す試みでもある。

また、館内の動線や展示は「没入型シアター」を中心に構成され、来場者はリストバンド型デバイスを装着して心拍データを記録しながら展示体験を行う。データに基づくAI解析により、個別化された“こころの動いた瞬間”を提示し、来場者一人ひとりに応じた台湾旅行のレコメンドや体験を提案する仕組みが採用されている。

報道と反響:台湾側の狙いと日本側の対応

台湾側はTECH WORLDを通して「世界とつながる台湾」を示すことを狙っている。報道では、半導体の重要性や台湾のソフトパワー(文化、自然、ホスピタリティ)を同時に発信する意図が強調されている。開幕時には玉山デジタルテック名誉会長が出席し、技術協力や文化交流の意義を語った。

一方で、出展の「民間表記」に関して日本の外務省から台湾側に明確化を求めるやり取りがあったことも報道されている。これは万博という国際イベントにおける表記や立場に関わる政治的配慮が背景にある。だが来場者の評価は概ね肯定的で、技術展示を体験した多くの訪問者が台湾の“温かさ”や“生活感”を感じ取ったという反応が見られる。

劇場ごとの体験を掘り下げる:生命・自然・未来の三部作

ライフ劇場(生命) — 560台のデバイスとインタラクティブな演出

ライフ劇場は中央に巨大な円柱スクリーンを配し、その周囲にASUS製のタブレット端末が並ぶ、視覚と触覚に訴える構成になっている。これらの端末は数が560台にのぼり、タブレット自体が動き、映像と連動して“デジタルの花”や“蝶”の演出を行う。来場者がタブレットをスワイプすると、円柱スクリーン内で放った蝶が飛ぶという双方向性が導入されている。

この仕掛けには台湾メーカー製のロボットアーム(例:HIWIN等)の技術が活用されていると報告されており、ハードウェアの協調制御と映像同期、音響演出が組み合わさることで高い没入感を実現している。子どもから大人まで直感的に楽しめる構造で、教育的な側面(自然保護や生物多様性への関心喚起)も担っている。

  • 機材例:ASUSタブレット、ロボットアーム駆動システム、円柱型大型スクリーン
  • 体験要素:タッチ操作、スワイプでのインタラクション、心拍に応じた変化
  • 教育的効果:台湾固有種の紹介(ツキノワグマ、スジエビなどの映像)

ネイチャー劇場(自然) — 360度映像と五感への訴求

ネイチャー劇場はアーチ状の壁面に高精細4Kまたはそれ以上の投影が行われ、スモークや音響と組み合わせることで玉山や海岸線、森の景観へと没入させる演出がなされている。視覚刺激だけでなく、場面に合わせた環境音や光の変化、匂い表現といった五感に近い演出も検討されており、単なる映像展示を超えた体験設計が行われている。

この劇場は台湾という島嶼国家の自然の豊かさを強調する場であり、来場者に「なぜこの土地の自然が重要か」を短時間で理解させる工夫が随所にある。具体的には、実際の植物や胡蝶蘭の生花を配置し、そこにマイクロLEDによる3D蝶の投影を重ねることで、リアルとデジタルのハイブリッド表現が試みられている。

要素 演出内容 効果
4K/8K映像 山・海・森の高精細投影 視覚的没入感の向上
マイクロLED 花周囲に飛ぶ三次元的蝶表示 リアルとデジタルの融合
生花(胡蝶蘭) 実物と映像の共演 産地アピール(台湾のラン生産)

フューチャー劇場(未来) — 半導体と生活の接点を可視化する

フューチャー劇場では「半導体の壁」といった象徴的な展示を通じて、現代生活における半導体の重要性を示す。映像と触覚センサーを組み合わせ、スクリーンに触れると半導体の層の奥から具体的な未来生活の立体映像が立ち上がるというインタラクションが設けられている。

ここでの狙いは単に技術自慢をすることではなく、台湾が世界の半導体供給チェーンで果たす役割や、半導体技術が日常のどの場面に影響を与えているかを直感的に理解させる点にある。例として、スマートフォン、家電、輸送機器などに組み込まれる半導体数の概算(1日あたり数千個レベル)を示し、来場者が「目に見えないが確かに存在する技術」の量感を把握できるようにしている。

技術基盤・産業連携・サステナビリティ — 製造業と文化の接合点

協働した企業群と技術的な核

TECH WORLDではASUS、半導体関連企業、マイクロLED開発企業、ロボットメーカーなど台湾発の企業が技術協力を行っている。展示で見られるハードウェア、ソフトウェア、制御ロジック、AI解析エンジンの多層的な組み合わせは、台湾の産業クラスターの強さを示している。

例えばASUS製のタブレットやProArtディスプレイ、ロボットアームの駆動制御、そして高精細プロジェクションの同期が組み合わさることで、単体製品の展示を超えた“システムとしての見せ方”が成立している。こうした協業は万博の場での技術外交にもつながり、海外企業や自治体との連携の契機になる。

  1. ハードウェア提供:ASUS(タブレット、モニター等)
  2. ロボット駆動:産業ロボット・アクチュエータ(例:HIWIN等)
  3. 表示技術:マイクロLED、8K/4K投影技術
  4. ソフトウェア:AI解析、来場者データ処理、画像暗号化技術

サステナビリティと素材の選定

展示の設計・運営にあたってはサステナビリティへの配慮も明示されている。たとえば、パビリオンの外装・内装にリサイクル可能な金属素材を用いる、来場者スタッフのユニフォームにはトウモロコシ由来の繊維や貝殻由来の再生糸を使うなど、環境負荷を低減する取り組みが紹介されている。

実際の運営面では、展示装置のライフサイクルを考えた再利用計画、使用電力の効率化、来場者のデジタルチケットやダイレクト通信による紙使用の削減などが実施されている。これらは展示内容の“未来志向”と整合する重要な要素である。

ソフトパワーとしての文化発信と商品化

TECH WORLDは単なる技術展示だけでなく、台湾の文化や食、産業を紹介するショップや物販スペースも運営している。万博限定の商品や台湾のスナック、雑貨の販売により来場者が物理的なお土産を通して体験を持ち帰れるよう工夫されている。

このような“体験→商品化→伝搬”の流れは、観光誘致や地域ブランド化の施策としても有効で、館内で提供されるQRコードから旅行プランを保存できる仕組みは、観光業との連携を強める具体的な例だ。

体験の余韻、比較観点、今後への示唆 — 総合的な評価と改善点

来場者の体験と反応の多様性

来場者の反応は多様だが、共通して高評価を得ているのは“技術を通じて伝わる情緒性”である。複数の報道や体験レポート(例:in.LIVEやnippon.com)では、最先端の表現手法が用いられているにも関わらず、核心にあるのは人々の暮らしや自然への共感である点が評価されている。

一方で、入場時にリストバンドの個人情報収集に関する懸念や、展示の一部で待ち時間や整理の難しさが指摘されることもある。これらは大規模イベントにおける常態的な課題で、運営側の改善余地として挙げられる。

他パビリオンとの比較から見える特色

筆者や一般の訪問者が中国館など他の大型パビリオンと比較した際、TECH WORLDの特徴は「技術力の見せ方が生活や自然に根ざしている」点だ。中国館が文字や歴史を主題にデジタル表現で力強く見せるのに対し、TECH WORLDは半導体等の“無形の力”を人間らしい物語と結び付けて提示している。

展示の語り口の違いは、来館者の受け止め方にも影響を与える。前者は国家的な価値観や歴史認識を問う場になり得る一方、TECH WORLDは地域産業と文化のソフトパワーを融合して、観光や経済協力につなげる実務的側面が強いと言える。

課題と今後への提案

改善点としては、来場データの利活用に関するプライバシー保護の透明化、混雑時の動線設計の改善、展示の多言語対応強化(観光客の増加を見据えた英語表記の拡充など)が挙げられる。技術面では、デバイスや表示装置の耐用年数を考慮したリユース計画の策定、地域産業と連携したポスト万博での利活用シナリオの明確化が望ましい。

また、展示技術を教育プログラムや地域振興プロジェクトに移転し、台湾の地方創生と海外協力に資する仕組みづくりを推進することも有益だ。パビリオンで用いたAI解析やインタラクティブ技術を、観光地の案内や防災・公共サービスに応用するイメージを描くことで、万博のレガシーを具体化できる。

この記事の要点を整理した表と締めくくり

以下に、本記事で取り上げた主要事項を表形式で整理する。閲覧者がTECH WORLDの特徴、主要展示、技術的要点、課題と提案を一目で確認できるようまとめた。

項目 内容 具体例・数値
出展主体 民間(玉山デジタルテック) パビリオン名:TECH WORLD、面積:約2,129m2
コンセプト 共好(共に良くなる) 生命・自然・未来の三劇場、来場者リストバンドによる個別化
主要展示 ライフ劇場/ネイチャー劇場/フューチャー劇場 ライフ:560台のタブレット、ネイチャー:4K/8K投影、フューチャー:半導体壁
技術要素 マイクロLED、8K/4K、AI解析、ロボット制御 ASUS端末、ロボットアーム(駆動制御)、ProArtモニター等
来場者向けサービス 心拍データに基づく旅行レコメンド、物販スペース QRコードで旅行プラン保存、神農生活ショップ等
サステナビリティ 再生素材の使用、電力効率化、廃材リサイクル計画 ユニフォーム:トウモロコシ繊維・貝殻由来再生糸等
課題 表示表記の国際的配慮、混雑緩和、データプライバシー 外務省との表記協議、待ち時間管理の必要性
今後への提案 教育・観光・地域振興への技術移転、データ利用の透明化 展示技術の地方創生応用、長期的なリユース計画

最後に、TECH WORLDは単なる「ハイテクのショーケース」ではなく、台湾という地域が持つ自然、文化、産業を一体化して伝える試みである。技術はその手段であり、中心にあるのは人々の感情や生活であることを、このパビリオンは強く示している。詳しい展示や運営に関する公式情報・技術解説はTAITRAや万博公式サイトの情報も参照できる(参考:Taiwan Today(TAITRA発表)、および

nippon.comの取材記事(TECH WORLDの演出とコンセプト解説)

)。

本記事が、TECH WORLDを訪れる前の予習として、また万博という場での技術と文化の交差点を読み解くための一助になれば幸いである。展示体験は現地でこそ得られる発見が多く、可能であれば実際に足を運んで自らの五感で確かめることをおすすめする。