国際航空業務再開の日 (記念日 2月2日)
- 再開日
- 1954年(昭和29年)2月2日
- 初便ルート
- 東京(羽田)→ホノルル→サンフランシスコ
- 当時の片道運賃
- 23万4千円(現在の価値で約500万円相当)
- 日本航空設立日
- 1951年(昭和26年)10月1日
- 初便の乗客数
- 一般乗客5人・招待客14人(全38席)
- 関連条約
- サンフランシスコ講和条約(1951年9月8日調印)
片道運賃23万4千円——現在の価値に換算すると500万円弱にもなるこの金額が、1954年(昭和29年)2月2日に初めて飛んだ国際線の運賃でした。東京からホノルル経由でサンフランシスコへ向かった日本航空の1番機には38席のうちわずか5人の一般乗客しか乗っておらず、残りの14席は招待客で占められていました。海外への空の旅が、いかに限られた人々だけのものだったかが伝わってきます。そもそも戦後の日本において、民間航空は文字通りゼロからの再出発を余儀なくされました。太平洋戦争の敗戦後、GHQの命令により日本の民間航空事業は完全に解体され、残存していた航空機もすべて破壊されました。空を飛ぶことは、しばらくの間、日本人には許されない行為となったのです。
転機が訪れたのは1951年(昭和26年)のことです。9月8日にサンフランシスコ講和条約が調印され、同年10月1日には日本航空株式会社が設立されました。ただし、この時点では国際線の運航はまだ認められておらず、国内線の再建から始めるほかありませんでした。それから2年以上の準備期間を経て、ようやく1954年のこの日、日本の空は世界へとつながったのです。
初便が向かったルートは東京(羽田)発、ホノルル経由、サンフランシスコ行き。太平洋を横断するこのフライトは、日本と世界をふたたび結ぶ象徴的な航路でもありました。運賃の高さもさることながら、国際線の再開はまだ「特別な出来事」であり、一般市民が海外へ気軽に旅行できる時代はずっと先のことでした。
現在では格安航空券を使えば数万円でハワイや東南アジアへ飛べる時代です。片道500万円弱から始まった国際航空の歴史は、70年という歳月をかけて、誰もが空の旅を楽しめる世界へと変わりました。
参考リンク
2月2日の他の記念日
2月2日のカレンダー情報
2月の二十四節気・雑節
- 立春(りっしゅん) 2月4日(水)
- 雨水(うすい) 2月19日(木)
- 節分(せつぶん) 2月3日(火)