日本女性医師デー (記念日 4月4日)
- 誕生日
- 1851年4月4日(嘉永4年)
- 試験合格年
- 1885年(明治18年)34歳
- 開業場所
- 東京・湯島三組町(産婦人科荻野医院)
- 制定団体
- 公益社団法人・日本女医会(1902年創立)
- 記念日認定年
- 2024年(日本記念日協会)
- 女性医師比率
- 約24%(2022年・日本全体)
日本で最初に医師免許を取得した女性・荻野吟子が、医術開業試験に合格したのは1885年(明治18年)、34歳のときでした。当時の日本では女性の受験そのものが制度上認められておらず、吟子は試験を受ける権利を得るために8年以上をかけて政府への請願や制度改正の働きかけを続けました。4月4日はその吟子の誕生日にあたり、この日を「日本女性医師デー」として公益社団法人・日本女医会が制定。2024年に日本記念日協会が認定しました。吟子が医師を志したのは、18歳で嫁いだ先で淋病に罹患し、婦人科治療を受けた経験がきっかけでした。女性患者が男性医師の診察を受けることに強い羞恥と苦痛を感じ、女性の医師がいれば救われる命があると確信したといいます。その後、東京女子師範学校を経て好寿院(医学校)に入学。卒業後に医術開業試験の受験を申請しましたが、内務省に却下されます。吟子は諦めず、女性の受験を禁止する明文規定がないことを根拠に繰り返し請願を提出し続け、1884年についに受験が許可されました。
翌1885年に前期・後期の試験を突破し、同年5月に東京・湯島三組町で「産婦人科荻野医院」を開業。女性専門の診療所は当時の社会に大きな反響をもたらし、多くの女性患者が集まりました。その後、キリスト教の信仰から廃娼運動にも携わり、日本キリスト教婦人矯風会の風俗部長として社会活動にも尽力しています。1894年には再婚した夫・志方之善とともに北海道・瀬棚郡せたな(現在のせたな町)に移住し、開拓地での医療活動を続けました。
現在、日本の女性医師の割合は約24%(2022年時点)と先進国の中では低い水準にとどまっています。日本女医会は1902年の創立以来、女性医師の地位向上を訴え続けており、「日本女性医師デー」には吟子が切り開いた道と現代の課題をつなぐ意図があります。
4月4日の他の記念日
4月4日のカレンダー情報
4月の二十四節気・雑節
- 清明(せいめい) 4月5日(日)
- 穀雨(こくう) 4月20日(月)
- 春の土用(どよう) 4月17日(金)