セメントの日 (記念日 5月19日)
- 製造成功日
- 1875年(明治8年)5月19日
- 製造場所
- 東京・深川(現・江東区清澄1丁目付近)
- 中心人物
- 宇都宮三郎(工部省技師・化学者)
- 製造所の管轄
- 大蔵省→工部省(官営)
- 記念日制定者
- セメント協会
- 現在の後継企業
- 太平洋セメント(払い下げ後の系譜)
1875年(明治8年)5月19日、東京・深川の官営セメント製造所から、日本初の国産ポルトランドセメントが生まれました。化学者・宇都宮三郎がヨーロッパで技術を習得し、工部省の命を受けて完成させたこの成果が、「セメントの日」として語り継がれています。
ポルトランドセメントとは、石灰石と粘土を高温で焼成した後に粉砕して作る水硬性の結合材です。1824年にイギリスの石工ジョセフ・アスプジンが特許を取得し、その固まった外観がイギリスのポートランド島の石に似ていることから命名されました。コンクリートの主原料となるこの素材は、19世紀の欧米で急速に普及し、近代建築・土木の基盤を支えていました。当時の日本は鉄道や港湾、洋風建築の建設ラッシュを迎えていた明治初期でしたが、国内にセメント製造技術はなく、すべて輸入に頼っていました。その高コストが近代化工事の足かせになっていたことから、政府は国産化を急務と判断します。大蔵省が1872年(明治5年)に深川で製造所の建設を開始し、後に工部省へ移管。宇都宮三郎が渡欧して製造工程を調査し、帰国後に工場を再整備した末に、1875年5月19日の成功へとたどり着きました。
この官営深川セメント製造所があった場所は、現在の東京都江東区清澄1丁目付近にあたります。製造所は後に民間へ払い下げられ、合併・改称を経て今日の太平洋セメントへとつながる系譜の一端を担っています。宇都宮三郎自身も、セメントにとどまらず炭酸ソーダの国産化や電柱防腐技術の開発など、明治の産業化を多方面から支えた化学者として知られています。
セメントは現代においても年間消費量が国内だけで数千万トンに上り、ビルや橋、トンネル、道路など社会インフラの至るところに使われています。1875年の深川での一歩が、その出発点でした。「セメントの日」は日本セメント協会(現・セメント協会)が制定した記念日で、産業の礎を作った先人たちの技術と努力に改めて目を向ける機会となっています。
5月19日の他の記念日
5月19日のカレンダー情報
5月の二十四節気・雑節
- 立夏(りっか) 5月5日(火)
- 小満(しょうまん) 5月21日(木)
- 八十八夜(はちじゅうはちや) 5月2日(土)