救癩の日 (記念日 6月25日)
- 日付
- 6月25日
- 由来
- 貞明皇后(大正天皇の皇后)の誕生日
- 御手許金
- 1930年に24万8000円を下賜
- 週間移行
- 1964年より「ハンセン病を正しく理解する週間」
- 関連法
- らい予防法(1996年廃止)
- 現在の療養所
- 国立療養所13か所が現存
1931年、大正天皇の皇后・貞明皇后の誕生日(6月25日)にちなんで「救癩デー」が設けられました。貞明皇后はハンセン病患者の救済に深い関心を寄せ、1930年には当時の金額で24万8000円もの御手許金を内相と拓務相に下賜。この資金をもとに翌年「癩予防協会」が設立され、皇后の誕生日が救済事業の象徴的な日となりました。
ハンセン病はらい菌による感染症で、皮膚や末梢神経に症状が現れます。かつては「不治の病」として恐れられ、患者は社会から隔絶されました。日本では1907年に「癩予防ニ関スル件」が公布されて以降、療養所への強制収容が長く続きます。貞明皇后による支援はこうした患者たちの生活環境の改善に貢献した一方、強制隔離政策の枠組みの中で行われたという歴史的背景も持っています。
1964年、「救癩の日」は「ハンセン病を正しく理解する週間」の起点として位置づけ直されました。6月25日から1週間にわたり啓発活動が実施されます。
1996年に「らい予防法」が廃止され、強制隔離の法的根拠はなくなりました。2009年には「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」が施行され、国は元患者への補償と名誉回復を進めています。全国には国立療養所が現在も13か所あり、長年入所を続けてきた元患者の方々が生活しています。救癩の日は、病気そのものへの理解だけでなく、隔離政策が生んだ人権侵害の歴史を振り返る機会でもあります。
ハンセン病は現在、多剤併用療法(MDT)で完治が可能な感染症です。感染力は非常に弱く、日本国内での新規患者はほとんど報告されていません。正しい知識を持つことが、長年にわたって患者と家族を苦しめてきた偏見の解消につながります。
6月25日のカレンダー情報
6月の二十四節気・雑節
- 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
- 夏至(げし) 6月21日(日)
- 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)