比米友好記念日 (記念日 7月4日)
- 独立日
- 1946年7月4日(マニラ条約締結)
- 独立の相手国
- アメリカ合衆国
- 変更年
- 1964年(独立記念日を6月12日に法制化)
- 変更理由
- 1898年スペインからの独立宣言を正式な起源に
- 現在の位置づけ
- 比米友好記念日(Filipino-American Friendship Day)
- 関連法
- タイディングス=マクダフィ法(1934年)
1946年7月4日、フィリピンはアメリカから独立を果たしました。しかしその独立記念日は、わずか18年後に別の日付へと移されています。7月4日がアメリカの独立記念日でもあることを、フィリピン国民が複雑に感じていたためです。
フィリピンとアメリカの関係は1898年に始まります。米西戦争に勝利したアメリカは、パリ講和条約でスペインから約2000万ドルでフィリピンの領有権を取得しました。フィリピン側は独立を目指して抵抗しましたが、米比戦争を経て植民地統治下に置かれます。1934年にタイディングス=マクダフィ法が成立し、10年後の独立が約束されました。第二次世界大戦中の日本占領期を経て、1946年7月4日にマニラ条約が締結され、フィリピン共和国が正式に独立を宣言しました。
転機は1962年に訪れます。ディオスダド・マカパガル大統領が独立記念日を6月12日に変更する大統領令を発しました。6月12日は1898年にエミリオ・アギナルドがスペインからの独立を宣言した日です。1964年、共和国法第4166号により法律として正式に確定されました。変更の背景には、7月4日という日付がアメリカの独立記念日と重なることへの違和感と、植民地支配からの精神的な独立を求める意識がありました。同時期にアメリカ議会が対フィリピン戦争補償金の支払いを拒否したことも、マカパガル大統領の姿勢を強めたと伝えられています。
7月4日は独立記念日の地位を失った後も「比米友好記念日(Filipino-American Friendship Day)」として残りました。1946年のマニラ条約締結日を起点として、両国の歴史的な関係を振り返る機会となっています。フィリピンとアメリカは軍事同盟を維持しており、現在も安全保障・経済両面で緊密な関係を保っています。7月4日という日付は、フィリピン独立の歴史を語る上で欠かせない一日であり続けています。
7月4日の他の記念日
7月4日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)