ほおずき市 (年中行事 7月9日)

ほおずき市
功徳の日数
46,000日分(約126年・一生分に相当)
開催日
毎年7月9日・10日
露店数
境内に約100軒のほおずき屋台が並ぶ
起源
明和年間(1764〜1772年)、芝・愛宕神社の市が発祥
限定授与品
黄札・雷除札(四万六千日の両日のみ頒布)

一度の参拝で46,000日分の功徳が得られる——そんな途方もない数字が、毎年7月に東京・浅草寺へ数十万人もの人々を引き寄せます。46,000日はおよそ126年。人の寿命を超えた年月にあたり、つまりこの日の参拝は「一生分の功徳」を授かることを意味します。その縁日が「四万六千日(しまんろくせんにち)」であり、境内を埋め尽くすほおずきの朱色がこの日の象徴となっています。

四万六千日の起源は室町時代末期にさかのぼります。特定の日に参拝すると通常の何倍もの功徳が得られるという「功徳日」の概念が広まり、浅草寺では7月10日を年間最大の功徳日と定めました。46,000という数字の由来には諸説あり、米一升の粒数が約46,000粒であることから「一升(いっしょう)」と「一生」をかけたとする説や、「四六時中」の語呂から来るという説など、確かな記録は残っていません。謎めいた数字であるがゆえに、人々の想像力を刺激し続けてきました。

ほおずき市が浅草寺に定着したのは明和年間(1764〜1772年)のことです。もともと芝の愛宕神社が「千日詣り」(6月23日・24日)の縁日にほおずきを売り出したのが始まりで、「ほおずきの実を水で丸飲みすると、大人は持病の癪(しゃく)が治まり、子どもは腹痛の原因とされた虫気が去る」という民間信仰が広まっていました。あるとき愛宕神社のほおずき市が大雨に見舞われ、売れ残った品を浅草寺の四万六千日で販売したところ大評判となり、以来この地に根付いたとも伝えられています。江戸庶民のたくましい商魂が、夏の風物詩を生み出した瞬間でした。

境内には現在も約100軒のほおずき露店が軒を連ね、あたり一面に朱色の実が揺れます。風鈴の音が涼を運ぶなか、限定授与品の「黄札(きふだ)」と「雷除札(かみなりよけふだ)」を求める列が早朝から続きます。江戸時代には前日の9日の夜から参拝者が押し寄せ、浅草寺は9日と10日の両日を功徳日に定めました。この慣習が今も受け継がれ、二日間で数十万人が訪れる夏最大の縁日行事となっています。ちなみに、ほおずきを口でくわえて鳴らすことはかつて「品のない行為」とされ、「それをすると嫁に行けなくなる」と戒められていました。水商売の女性の遊びとみなされたためで、あの愛らしい音には意外な社会的背景が隠れています。現代では老若男女が気軽に手に取る夏の縁日の定番ですが、その朱い実には江戸から続く祈りと庶民文化の記憶が宿っています。

7月9日のカレンダー情報

六曜 大安
吉日 神吉日、大明日、月徳日
月齢 24.0

7月の二十四節気・雑節

  • 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
  • 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
  • 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
  • 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)