八朔(田の実の節句) (年中行事 8月1日)

八朔(田の実の節句)
別名
田の実の節句(たのみのせっく)
時期
旧暦8月1日(新暦8月下旬〜9月上旬頃)
最古の記録
『吾妻鏡』宝治元年(1247年)
江戸幕府との縁
家康の江戸入城日(1590年天正18年)
現在の継承地
京都花街(芸妓・舞妓のあいさつ回り)
果物との関係
柑橘「はっさく」の名は八朔に由来

江戸城に初入城した日が、幕府最大の式日になりました。1590年(天正18年)旧暦8月1日、徳川家康が江戸入りを果たしたこの日を、徳川幕府は「八朔」として最重要の祝日に位置づけます。毎年この日、大名・旗本は白帷子(しろかたびら)を着して登城し、将軍へ祝辞を述べる儀礼が繰り返されました。政権の権威と農耕の節目が重なった日として、江戸の街はひとつの緊張感に包まれていたはずです。

八朔とは「八月朔日」の略、つまり旧暦8月1日のことです。この時季、早稲の穂が実り始めることから、農民の間では初穂や新穀を主家・恩人に贈る風習が生まれました。「田の実(たのみ)の節句」という別名はここに由来し、さらに「たのみ」を「頼み」と掛けて、日頃世話になっている相手への感謝を示す日としても広まります。起源は少なくとも鎌倉時代にさかのぼり、歴史書『吾妻鏡』の宝治元年(1247年)8月1日条には、将軍への恒例の贈り物を停止するという記録が残っています。つまり770年以上前にはすでに定着した行事だったことがわかります。

室町幕府でも公式行事として採用され、公家・武家から町人まで「八朔の憑(たのみ)」と称して物品を贈答する慣わしが根付きました。柑橘類の「はっさく」は、明治初期に広島県因島で発見された品種で、発見者が「八朔の頃に食べられる」と述べたことからその名が付いたとされています。行事の名が果物の名前にまで転用されるほど、八朔は広く知られた節目だったわけです。現代でも八朔の名残を色濃く伝える場所があります。京都の花街では、新暦8月1日を「八朔」として、芸妓・舞妓が黒紋付きを着て師匠や茶屋へあいさつ回りをする習わしが続いています。「おたの申します」と頭を下げる光景は祇園や宮川町などで今も見られ、花街の師弟関係と礼節を象徴する年中行事として受け継がれています。稲穂の実りへの感謝と、人への恩義を示す贈答——農村に生まれたこの習俗が、武家の礼式を経て花街の美意識へと形を変えながら、現代まで脈々と続いています。

8月1日のカレンダー情報

六曜 赤口
吉日 神吉日、大明日
月齢 17.7

8月の二十四節気・雑節

  • 立秋(りっしゅう) 8月7日(金)
  • 処暑(しょしょ) 8月23日(日)