あじさい忌 (記念日 7月17日)
- 命日
- 1987年7月17日
- 享年
- 52歳
- 法要場所
- 總持寺(横浜市鶴見区)
- 映画出演本数
- 170本以上
- 代表作(映画)
- 嵐を呼ぶ男、黒部の太陽
- 代表作(ドラマ)
- 太陽にほえろ!(藤堂俊介役)
1987年7月17日、俳優・石原裕次郎は52歳でこの世を去りました。生前、あじさいの花を深く愛していたことにちなみ、毎年この日は「あじさい忌」と呼ばれます。横浜市鶴見の總持寺では命日ごとに法要が営まれ、没後38年を経た現在も多くのファンが足を運びます。あじさいは梅雨の季節に彩りを添える花であり、移ろいやすい日本の夏の訪れを告げます。裕次郎がこの花を好んでいたという逸話はその生涯の印象とよく重なり、命日に選ばれた名として静かに定着しました。
石原裕次郎は1934年、神戸市に生まれました。幼少期を北海道・小樽で過ごし、慶應義塾大学在学中に映画界へと引き込まれます。兄・石原慎太郎の芥川賞受賞作を映画化した「太陽の季節」(1956年)への出演がきっかけでした。続く「狂った果実」(1956年)で主役を射止め、彗星のごとく銀幕に登場した裕次郎は、既存のスターとは一線を画す野性的な魅力で若者の心を掴みます。
「嵐を呼ぶ男」(1957年)では主題歌も自ら歌い、歌手としてのキャリアも同時に開花させました。「銀座の恋の物語」「夜霧よ今夜も有難う」などのヒット曲は今日でも広く知られています。映画出演作は170本以上に及び、1963年には石原プロモーションを設立。製作・プロデューサーとしての顔も持ちながら、「黒部の太陽」(1968年)では大スクリーンの大作に挑み、自ら資金調達の陣頭指揮を執りました。
1972年から放送された刑事ドラマ「太陽にほえろ!」では、ボスこと藤堂俊介役で一層の国民的人気を得ます。しかし1981年、大動脈瘤の大手術を経験。約5時間にわたる手術と長期療養を乗り越えて復帰したその姿は、「タフガイ」という異名をよく体現するものでした。それでも病は再び忍び寄り、1987年7月17日、肝細胞癌のため東京都内の病院で息を引き取ります。享年52歳。
昭和という時代と並走した52年間の軌跡は、映画・音楽・テレビにまたがり、日本の大衆文化に深く刻まれています。
7月17日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)