インドネシア独立記念日 (記念日 8月17日)
- 記念日
- 8月17日
- 独立宣言年
- 1945年
- 宣言場所
- 東ペガンサアン通56番地(スカルノ邸)
- 独立承認年
- 1949年12月27日(オランダが正式承認)
- 初代大統領
- スカルノ
- 現地名称
- ハリ・クメルデカーン(Hari Kemerdekaan)
「我らインドネシア民族はここにインドネシアの独立を宣言する」――1945年8月17日午前10時、中央ジャカルタの東ペガンサアン通56番地、スカルノ邸の前庭でその言葉が読み上げられました。宣言文に記された日付は「05年8月17日」。これはオランダ式でもなく、日本の皇紀2605年の下二桁を用いた表記です。300年以上に及ぶオランダ植民地支配と、その後の日本軍政という激動のなかで生まれたインドネシア共和国の誕生を、この一枚の宣言文が記録しています。
独立宣言を読み上げたのはスカルノ、立ち会ったのは副大統領となるモハマッド・ハッタです。ふたりはその直前夜、日本の降伏が確実になったことを受け、若い独立運動家たちに拉致されて郊外のレンガスデンクロクへ連れ出されていました。若者たちは「日本の影響なしに即時宣言を」と迫り、スカルノは翌朝ジャカルタへ戻って宣言文を起草。わずか数十行の短い文章が、2億人以上の民衆の出発点となりました。しかしオランダはこの独立を認めず、翌1946年から再植民地化を目的とした武力行使を開始します。インドネシア独立戦争は4年以上続き、死者は10万人を超えたとされます。国際社会の圧力と国連の介入を経て、オランダが独立を正式に承認したのは1949年12月27日のことでした。スカルノの宣言から4年4か月が過ぎていました。
毎年8月17日はインドネシア全土で「ハリ・クメルデカーン(独立記念日)」として祝われます。最大の式典はジャカルタの国立宮殿(ムルデカ宮殿)で行われる国旗掲揚式典で、大統領が臨席し、全国にテレビ中継されます。街は赤と白のインドネシア国旗で彩られ、各地でパレードや民族文化の披露が続きます。子どもたちが参加する伝統的なゲーム「ポールクライミング(パンジャット・ピナン)」では、油を塗った高さ約15メートルの竹竿に賞品をかけて登る競技が各地で開かれ、笑い声と歓声に包まれます。
独立宣言が読み上げられたスカルノ邸は現在、「プロクラマシ博物館(ムセウム・プロクラマシ)」として保存・公開されています。当時使用された机や椅子、宣言文の複製が展示されており、ジャカルタを訪れた際に建国の瞬間を体感できる場所として知られています。2025年には独立80周年を迎え、例年以上に大規模な式典と記念行事が各地で開催されました。
参考リンク
8月17日の他の記念日
8月17日のカレンダー情報
8月の二十四節気・雑節
- 立秋(りっしゅう) 8月7日(金)
- 処暑(しょしょ) 8月23日(日)