一茶忌 (記念日 11月19日)
- 没年月日
- 1827年(文政10年)11月19日
- 享年
- 64歳
- 生誕地
- 信濃国柏原(現・長野県信濃町)
- 総句数
- 約2万句
- 代表句
- 「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」
- 関連施設
- 一茶記念館(長野県信濃町)
「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」——この一句を知らない日本人はほとんどいないでしょう。しかし、この句を詠んだ小林一茶の実人生は、温かな句風とは裏腹に、苦難の連続でした。1827年(文政10年)11月19日、一茶は故郷・信濃国柏原(現在の長野県信濃町)で64歳の生涯を閉じました。この命日を偲ぶ「一茶忌」は、冬の俳句の季語にもなっています。
一茶は宝暦13年(1763年)、北信濃の柏原に生まれました。3歳で母を亡くし、継母との不和から15歳で江戸へ奉公に出ます。貧しい奉公生活のなかで俳諧と出会い、各地を旅しながら修行を重ねました。50歳を超えてようやく故郷へ戻り、遅い結婚を経ましたが、子どもたちは次々と早世しています。娘を失ったときに詠んだ「露の世は 露の世ながら さりながら」は、そうした個人的な悲しみと、なおも生きようとする心が凝縮された句として知られます。
一茶の句には、蛙・雀・痩せ蛙といった小さな生き物や、社会の底辺で生きる人々がたびたび登場します。「痩せ蛙 まけるな一茶 これにあり」は、弱者への共感を率直に言葉にした句で、一茶自身の境遇と重ね合わせて読まれることが多い作品です。生涯に詠んだ句は約2万句に及び、俳人として多産な存在でもありました。晩年、一茶の自宅は火災で焼失します。焼け跡の土蔵で暮らしながらも句を詠み続け、文政10年の冬に没しました。現在、生誕地の長野県信濃町には一茶記念館が設置されており、自筆の句帳や遺品が保存・公開されています。毎年11月19日前後には、一茶忌にちなんだ全国俳句大会も開催されています。松尾芭蕉・与謝蕪村とともに江戸三大俳人の一人に数えられる一茶の句は、200年近い時を経た今も小学校の国語教科書に掲載され、生きつづけています。
11月19日の他の記念日
11月19日のカレンダー情報
11月の二十四節気・雑節
- 立冬(りっとう) 11月7日(土)
- 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)