勤労感謝の日 (年中行事 11月23日)

勤労感謝の日
日付
11月23日
制定年
1948年(昭和23年)
命名者
参議院議員・羽仁五郎(動議による)
前身
新嘗祭(宮中祭祀)
新嘗祭の制度化
7世紀後半、天武・持統天皇の時代
中断期間
寛正4年(1463年)から約220年間途絶

11月23日の「勤労感謝の日」は、1948年(昭和23年)に制定されました。参議院議員・羽仁五郎の動議によって採択されたこの名称には、農業だけでなく多様な産業を担うあらゆる人々への敬意が込められています。羽仁五郎は「新嘗祭」という名称では農業従事者以外が疎外されるとして、工業・商業・漁業など戦後日本を支えるすべての勤労者を包摂できる名称を主張しました。

この日の起源は、7世紀後半の飛鳥時代にさかのぼります。天武天皇・持統天皇の時代に制度化された新嘗祭は、天皇が天照大神に新米を奉納し、自らも共食するという皇室最重要の祭祀です。奉納される神饌には新米のほか、粟・黍・稗などの雑穀、新酒、海の幸・山の幸が含まれ、その年の収穫をまるごと報告する意味を持ちます。夜間に2度おこなわれるこの儀式は、単なる収穫の儀礼にとどまらず、天皇と神、そして天皇と民が収穫の恵みによって結ばれるという深い意味を持っていました。中世には寛正4年(1463年)から220年以上にわたって途絶えるという受難の歴史もありましたが、江戸時代に再興され、明治維新後の1873年に太陽暦の導入とともに11月23日へと日付が固定されます。戦後、GHQによって皇室祭祀令が廃止されると、この日は国民の祝日へと姿を変えました。「勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう」という趣旨は、収穫への感謝という祭祀の本質を現代語で言い換えたものにほかなりません。

形と名称が変わっても、秋の実りへの感謝という核心は1400年近く変わっていません。現在も宮中では毎年11月23日に新嘗祭が執り行われており、同じ日に二つの「感謝」が重なっています。

11月23日のカレンダー情報

六曜 赤口
吉日 神吉日
月齢 13.8

11月の二十四節気・雑節

  • 立冬(りっとう) 11月7日(土)
  • 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)