ダンスの日 (記念日 11月29日)

ダンスの日
制定者
公益財団法人日本ボールルームダンス連盟
日付
11月29日
由来
鹿鳴館開館(1883年11月29日)
設計者
ジョサイア・コンドル(お雇い外国人建築家)
建設目的
不平等条約改正のための欧化外交政策
鹿鳴館時代
1883〜1887年(約4年間)

1883年(明治16年)11月29日、東京・内幸町に西洋式社交場「鹿鳴館」が開館しました。設計したのはお雇い外国人建築家のジョサイア・コンドル。外務卿・井上馨が不平等条約の改正交渉を有利に進めるべく、「日本も文明国である」と欧米列強に示すための施設です。和装の女性がいきなりワルツを踊り、政府高官もダンスの作法に不慣れなまま外交の舞台に立った——そんな試行錯誤の夜が、日本における社交ダンスの出発点でした。

この開館日にちなんで、公益財団法人日本ボールルームダンス連盟が11月29日を「ダンスの日」として制定しました。明治の外交官たちが必死に踊ったあの夜から、140年余りが経ちます。

鹿鳴館が輝いていた1883年から1887年の約4年間は「鹿鳴館時代」と呼ばれます。舞踏会には国賓接待や慈善バザーが重ねられ、社交ダンスは上流階級の必須教養として急速に広まりました。ただし実情は必ずしも華やかではなく、ダンスを踊れる女性が不足していたため、訓練を受けた芸妓や高等女学校の生徒が「員数合わせ」として動員されたとも記録されています。欧化政策への国内批判が高まり、井上馨が辞任した1887年をもって鹿鳴館の時代は静かに幕を閉じました。

それでも、この時代に日本の土壌へ根を下ろした社交ダンスの文化は消えませんでした。戦後には競技ダンスとして組織化が進み、現在では日本ボールルームダンス連盟のもとで全国各地に愛好者が広がっています。ワルツ、タンゴ、クイックステップなどのスタンダード種目と、チャチャチャ、サンバ、ルンバなどのラテン種目が競技の両輪を担い、年齢を問わず楽しめるスポーツとして定着しています。

11月29日のダンスの日には、初心者向け体験会や記念パーティーが各地で催されます。鹿鳴館の外交的な思惑とは切り離されたところで、ダンスは純粋に身体と音楽の喜びとして受け継がれています。明治の夜会から現代のボールルームへ——日本における社交ダンスの歴史は、意外なほど長くまっすぐに続いています。

11月29日のカレンダー情報

六曜 赤口
吉日 神吉日、大明日
月齢 19.8

11月の二十四節気・雑節

  • 立冬(りっとう) 11月7日(土)
  • 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)