香川県民の日 (記念日 12月3日)
- 独立年月日
- 1888年(明治21年)12月3日
- 分離元
- 愛媛県(旧名古屋県)
- 日本での位置づけ
- 47都道府県の中で最後に誕生した県
- 独立の父
- 中野武営(当時の愛媛県会議長)
- 条例施行
- 2026年3月
- 県立学校の扱い
- 休校日(2026年3月改正)
1888年(明治21年)12月3日、香川県が愛媛県から分離独立しました。この日をもって、日本全国が現在と同じ47都道府県の姿に整いました。つまり香川県は、日本で最後に誕生した県です。この歴史的な日付を永く記念するため、香川県は12月3日を「香川県民の日」と定め、2026年3月に条例を施行しました。
香川は明治の初め、独立した県として出発しましたが、1871年(明治4年)の廃藩置県以降に繰り返された府県統廃合の波の中で、一時は名古屋県(のちの愛媛県)に吸収されます。その後、分県を求める地元の声は根強く、独立運動は何度も盛り上がりを見せました。最終的に第三次の設置が実現したのは、中野武営らの粘り強い働きかけによるものです。
中野武営は1888年に愛媛県会議長を務め、議長職にありながら香川分県の実現に向けて東京の政府要人に精力的に働きかけました。従兄の小田知周や旧藩士・改進党系の人々とともに運動を主導し、同年12月3日、香川県再置の勅令が公布されます。この功績から中野は「香川県独立の父」と称されるようになりました。渋沢栄一とも深い関係を持ち、後に東京商業会議所の会頭も務めた人物です。
2026年3月30日付で県立学校学則が一部改正され、12月3日は県立学校の休校日となりました。共働き世帯が多い現代では「急に言われても預け先がない」という懸念の声も上がっており、制度の周知と子どもの受け入れ体制が今後の課題となっています。一方で、県民がこの日を意識する機会が生まれることは、138年前の分県運動を振り返るきっかけにもなります。47番目の県として誕生した香川の歴史は、明治政府の中央集権化と地方の自治意識が拮抗した時代の産物であり、讃岐の地が独自の県として歩み続けてきた理由を、毎年12月3日に思い返せるようになったことになります。
参考リンク
12月3日の他の記念日
12月3日のカレンダー情報
12月の二十四節気・雑節
- 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
- 冬至(とうじ) 12月22日(火)