タイ憲法記念日 (記念日 12月10日)

タイ憲法記念日
記念日の日付
毎年12月10日
恒久憲法制定
1932年12月10日
署名した国王
ラーマ7世(プラチャーティポック)
憲法の条文数
全68条
草案作成の中心人物
プリーディー・パノムヨン
憲法改廃回数
1932年以降 約20回

1932年12月10日、タイ(当時の国名はシャム)の国王ラーマ7世が全68条からなる恒久憲法「ラッタマヌーン・チャパタン」に署名した。この日を記念して制定されたのが、毎年12月10日に祝われるタイ憲法記念日です。同じ年の6月24日にすでに臨時憲法が施行されていましたが、12月のこの日に公布されたのは、国家の正式な礎となる恒久憲法でした。

この憲法が生まれた背景には、1932年6月に起きたタイ立憲革命があります。フランスやイギリスに留学した若い官僚や軍人たちが「カーナ・ラッサドーン(人民党)」を結成し、無血クーデターによって絶対王政に終止符を打ちました。中心人物のひとりがフランスで法律を学んだプリーディー・パノムヨンで、彼が臨時憲法の草案作成を主導し、その後の恒久憲法の整備にも大きく貢献しました。150年以上続いたチャクリ朝の絶対王政が、わずか一夜で立憲君主制へと転換した歴史的な出来事です。

ラーマ7世にとって、この憲法への署名は複雑な意味を持っていました。王自身は以前から立憲体制への移行を検討していたと伝えられる一方、人民党の急進的な手法には抵抗感を示していました。革命後も国王の地位は維持されましたが、統治権は大幅に制限されます。ラーマ7世は1934年に目の治療を名目にイギリスへ渡り、翌1935年に退位。タイ王室と議会の間に横たわる緊張は、その後の政治史にも深い影を落とすことになります。

タイはその後、20世紀を通じてクーデターと憲法制定を繰り返してきました。1932年の恒久憲法を起点に、2017年憲法に至るまでに実に20回近く憲法が改廃されています。これは民主主義が安定的に根付かなかった証左でもありますが、同時に「憲法という枠組みを手放すまいとする意志」が政変のたびに憲法を作り直させてきたとも言えます。現在、12月10日の憲法記念日はタイの国民の祝日として定められています。バンコクの国会議事堂前では式典が行われ、国王と憲法への敬意が示されます。この日は民主主義を「完成した制度」として祝うのではなく、試行錯誤しながら守り続けてきた歴史そのものを振り返る機会として、タイ社会に刻み込まれています。

12月10日のカレンダー情報

六曜 赤口
吉日 神吉日、大明日
月齢 1.1

12月の二十四節気・雑節

  • 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
  • 冬至(とうじ) 12月22日(火)