明太子の日 (記念日 12月12日)
- 記念日の日付
- 12月12日
- 初登場の媒体
- 関門日日新聞(1914年)
- 語源
- 朝鮮語でスケトウダラを意味する「명태(ミョンテ)」
- 辛子明太子の販売開始
- 1949年1月10日(ふくや・川原俊夫)
- もう一つの明太子の日
- 1月10日(辛子明太子初販売日)
- 全国普及のきっかけ
- 1975年 山陽新幹線 九州乗り入れ
1914年(大正3年)12月12日付の「関門日日新聞」に、「明太子」という言葉が日本の新聞紙面に初めて登場しました。この事実を記念して制定されたのが「明太子の日」です。日本記念日協会に認定された記念日で、毎年12月12日がその日にあたります。「明太」という言葉は朝鮮語でスケトウダラを指す「명태(ミョンテ)」に由来します。スケトウダラの卵巣を加工して食べる文化は17〜18世紀の朝鮮半島で根付いており、日本には20世紀に入ってから伝わりました。関門海峡を挟んだ下関・門司周辺は古くから朝鮮半島との交流が盛んで、「明太子」という言葉が真っ先に紙面に現れたのはこの土地ならではの事情があります。
全国的な知名度を得たのは1975年(昭和50年)の山陽新幹線の九州乗り入れがきっかけです。博多土産として辛子明太子が一気に広まりました。
今日の辛子明太子の原型を作ったのは、博多でふくやを創業した川原俊夫です。1949年(昭和24年)1月10日に博多・中洲で辛子明太子の販売を開始しましたが、当初はほとんど売れませんでした。川原は周囲に試食させては意見を聞き、納得のいく味に仕上げるまでに約10年を費やしたといわれています。また彼は製法の特許を取らず、望む者には誰にでも教えたため、博多に多くの明太子業者が生まれ、産業として根付いていきました。現在では国内で年間数万トン規模が消費される定番食品となっています。なお「明太子の日」は12月12日のほかに1月10日も存在し、川原が辛子明太子を初めて販売した日を記念したものです。一つの食べ物に記念日が2つあるのは珍しいケースといえます。
参考リンク
12月12日の他の記念日
12月12日のカレンダー情報
六曜 友引
吉日 神吉日、大明日、母倉日
月齢 3.1
12月の二十四節気・雑節
- 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
- 冬至(とうじ) 12月22日(火)