すき焼きの日 (記念日 1月24日)
- 記念日の日付
- 1月24日
- 由来となった出来事
- 明治天皇が宮中で初めて牛肉を食べた日(1872年)
- 肉食禁止の期間
- 675年〜1872年(約1200年)
- 禁止令を出した天皇
- 天武天皇(675年)
- すき焼きの「すき」の由来
- 農具の鋤(すき)の上で焼いたことが語源の有力説
- 関東・関西の違い
- 関東は割り下で煮る、関西は肉を先に焼く
1872年1月24日、明治天皇が宮中で牛肉を召し上がりました。675年の天武天皇による肉食禁止令から数えれば、およそ1200年ぶりに国のトップが公の場で牛肉を口にした瞬間です。この出来事がすき焼きの日(1月24日)の由来となっています。肉食禁止の背景には、仏教の殺生禁断の思想がありました。農耕に使う牛や馬を食べることへの抵抗感も根強く、禁令は朝廷から庶民まで広く守られてきました。しかし明治政府は、西洋列強との外交の場で牛肉料理を出す必要があったこと、また「富国強兵」のために国民に良質なたんぱく質を摂取させたいという政策的な理由から、牛肉食の解禁を推し進めました。天皇自らが召し上がることで、その解禁を国民に広く示したのです。
江戸時代末期にはすでに「牛鍋屋」が京都や横浜に登場していましたが、明治以降に一気に普及します。文明開化の波に乗り、東京の牛鍋屋は明治初期だけで数百軒に急増したと伝えられています。牛鍋が関東風の「すき焼き」として定着したのはその後のことで、割り下(醤油・砂糖・みりんを合わせたたれ)を使う現在のスタイルは明治中期から大正期にかけて広まりました。
関西と関東ではすき焼きの作り方が今も異なります。関西では肉を鍋で直接焼いてから野菜を加える「焼き煮」スタイル、関東では割り下に具材をすべて入れて煮る「煮炊き」スタイルが基本です。「すき焼き」の「すき」は農具の鋤(すき)の上で魚や豆腐を焼いたことに由来するという説が有力で、牛肉が主役になる以前から存在した調理法です。関西では砂糖を肉に直接振りかけることもあり、食材や味つけのアプローチは地域によって今でも大きく異なります。
現在、1月24日はフードサービス協会などが「すき焼きの日」として広め、牛肉消費の啓発に活用しています。家庭の食卓から高級料亭まで幅広いシーンで食べられるすき焼きは、明治の肉食解禁から150年以上を経た今も、日本を代表する鍋料理のひとつです。
1月24日の他の記念日
1月24日のカレンダー情報
1月の二十四節気・雑節
- 小寒(しょうかん) 1月5日(月)
- 大寒(だいかん) 1月20日(火)
- 冬の土用(どよう) 1月17日(土)