殉教者の日(インド) (記念日 1月30日)

殉教者の日(インド)
暗殺日時
1948年1月30日夕方5時過ぎ(享年78歳)
暗殺場所
ビルラー・ハウス庭園(ニューデリー)
暗殺者
ナトゥラム・ゴドセ(1949年11月絞首刑)
追悼式会場
ラージガート(ニューデリー)
全国黙祷
午前11時・一斉・2分間
記念館公開
1973年8月15日(ガンジー・スムリティ)

1948年1月30日の夕方5時過ぎ、ニューデリーのビルラー・ハウス庭園で、マハトマ・ガンジーは3発の銃弾を受けて倒れました。ヒンドゥー民族主義者のナトゥラム・ゴドセが群衆の中から踏み出し、至近距離から銃を撃ったのです。78歳のガンジーの最後の言葉は「ヘイ・ラーム(おお、神よ)」だったと伝えられています。インドが独立を果たしてからわずか5か月半後のことでした。

ガンジーが命を落とした背景には、インドとパキスタンの分離独立がもたらした激しい宗教対立がありました。1947年8月の独立と同時に起きた住民移動は数百万人規模に及び、宗教間の暴力では100万人以上が命を落としたとも言われています。ガンジーはこの惨状を前に断食や和解の呼びかけを繰り返しましたが、ムスリムへの融和的な姿勢がヒンドゥー強硬派の反発を招いていました。ゴドセは「ガンジーはヒンドゥー教徒を犠牲にしてムスリムに譲歩し続けた」と信じており、暗殺は計画的なものでした。ヒンドゥー民族主義組織RSSとの関係が指摘されたゴドセは、裁判で自らの思想を詳細に陳述したのち、1949年11月に絞首刑に処されました。

インド政府はこの1月30日を「殉教者の日(Shaheed Diwas)」として国民的追悼日に制定しています。「Shaheed」はヒンディー語・ウルドゥー語で「殉教者」を意味する言葉です。毎年この日、大統領・副大統領・首相・三軍参謀長らがニューデリーのラージガートに集い、黙祷と献花を捧げます。午前11時には全国の政府機関・学校でも2分間の黙祷が行われ、インド全土が一時の静寂の中でガンジーの死を悼みます。

暗殺現場となったビルラー・ハウスは、1973年8月15日(インド独立記念日)にガンジー・スムリティ(Gandhi Smriti)として一般公開されました。ガンジーが生涯最後の144日間を過ごした部屋は当時のまま保存されており、庭には暗殺現場を示す「殉教者の柱(Martyr’s Column)」が建てられています。毎年1月30日にはここでも追悼式が行われ、インド内外から多くの人々が訪れます。

1月30日のカレンダー情報

六曜 大安
吉日 大明日
月齢 11.3

1月の二十四節気・雑節

  • 小寒(しょうかん) 1月5日(月)
  • 大寒(だいかん) 1月20日(火)
  • 冬の土用(どよう) 1月17日(土)