祈年祭 (年中行事 2月17日)

祈年祭
別名
としごいのまつり
開催日
毎年2月17日
伊勢神宮での位置づけ
五大祭のひとつ
史書の初出
7世紀後半(天武天皇期)
対をなす祭事
新嘗祭(11月23日)

祈年祭(きねんさい)の和名は「としごいのまつり」といいます。「トシ」という言葉に「年」だけでなく「稲」の意味も含まれることは、古代の日本人が一年の豊かさを稲作の成否で測っていたことを示しています。毎年2月17日、伊勢神宮をはじめ全国の神社でこの祭りが一斉に執り行われます。

祈年祭の記録は7世紀後半にまでさかのぼります。天武天皇の時代にはすでに宮中で行われていたことが史書に記されており、8世紀に律令制度が整備されるなかで国家的な祭祀として正式に位置づけられました。律令の神祇令では春の二月に行うことが規定され、神祇官に全官人が参集するなか、中臣氏が祝詞を奏上し、忌部氏が全国の神社の神職に幣帛を配布するという形式が確立されました。

伊勢神宮では、祈年祭は「五大祭」のひとつに数えられる最重要祭事として位置づけられています。『日本書紀』には、天照大御神が天孫瓊瓊杵尊に「斎庭の稲穂」を授けたという記述があり、稲作と神の結びつきは神話の時代から続くものとして語り継がれています。伊勢神宮での祭典は現在も古儀のままの形式で執り行われており、農耕社会から大きく変化した現代においても、その様式が守り続けられています。

室町時代後期の動乱で一時中断した祈年祭は、明治2年(1869年)の神祇官再興とともに復活しました。以来、宮中祭祀として再び国家的な祭りとしての位置を回復し、天皇陛下が祭儀に臨まれる形が現在まで続いています。

春に豊作を祈り、秋に収穫を感謝する——この対の関係が、2月17日の祈年祭と11月23日の新嘗祭を結びつけています。新嘗祭は「勤労感謝の日」として国民の祝日に定められていますが、祈年祭に対応する祝日はありません。それでも全国の神社が同日に祭典を行うという形式は、律令時代に神祇官が全国の神社を統括していた時代の名残として今に続いています。

日本人が2000年以上にわたって春の農耕開始とともに繰り返してきた祈りは、現代においても2月17日という日にその姿をとどめています。

2月17日のカレンダー情報

六曜 先勝
月齢 29.3(新月)

2月の二十四節気・雑節

  • 立春(りっしゅん) 2月4日(水)
  • 雨水(うすい) 2月19日(木)
  • 節分(せつぶん) 2月3日(火)