ギロチンの日 (記念日 4月25日)

ギロチンの日
正式採用
1792年(フランス議会で承認)
初使用日
1792年4月25日
提案者
ジョゼフ・ギヨタン(内科医・国民議会議員)
設計者
アントワーヌ・ルイ(外科医)
最後の使用
1977年9月(フランス)
死刑制度廃止
1981年9月(フランス)

1792年4月25日、フランス議会でギロチンが正式に処刑道具として承認されました。以後、死刑制度が廃止される1981年まで約190年にわたって使われ続けた装置です。

この装置を議会に提案したのは、内科医で国民議会議員でもあったジョゼフ・イニャス・ギヨタン(Joseph-Ignace Guillotin)です。フランス革命後の恐怖政治下では毎日多数の処刑が行われており、その方法は受刑者の身分や財力によって異なっていました。貴族には斬首、平民には絞首など、死の苦痛にさえ不平等があった時代です。ギヨタンはこの状況を問題視し、身分を問わず、苦痛を最小限に抑えた「人道的」な処刑方法の統一を訴えました。

実際の設計を担当したのは外科医のアントワーヌ・ルイ(Antoine Louis)でした。ルイは各地の断頭台を研究し、刃を垂直から斜めに変えるなど複数の改良を加えた装置を完成させます。このため当初はルイの名を冠した「ルイゾン(Louison)」「ルイゼット(Louisette)」と呼ばれていましたが、装置の人間性と平等性を声高に喧伝したのがギヨタン本人だったため、世間の印象はギヨタンと結びつきました。やがて「ギヨチーヌ(Guillotine)」という呼称が広まり、英語ではギロティーン、日本語ではギロチンとして定着します。ギヨタン自身はこの命名に強く異議を唱え続けましたが、名前が改められることはなく、死後、その家族は屈辱を避けるために姓を変えたと伝えられています。

皮肉なのは、ギヨタンが装置の発明者でも設計者でもなかった点です。彼は処刑の平等化を求めた改革者でしたが、その名は後世において大量処刑の象徴と結びついてしまいました。フランスでギロチンが最後に使われたのは1977年9月のことで、翌1981年に死刑制度そのものが廃止されました。ギロチンの歴史は、革命期フランスの理念と現実の矛盾を今に伝えています。

4月25日のカレンダー情報

六曜 大安
吉日 神吉日、大明日、母倉日、巳の日、己巳の日、不成就日
月齢 7.6

4月の二十四節気・雑節

  • 清明(せいめい) 4月5日(日)
  • 穀雨(こくう) 4月20日(月)
  • 春の土用(どよう) 4月17日(金)