氷の日 (記念日 6月1日)
- 制定者
- 日本冷凍倉庫協会
- 由来の行事
- 加賀藩が将軍家へ氷を献上した「氷室の日」
- 献上日
- 旧暦6月1日
- 氷室の場所
- 石川県金沢市・湯涌温泉の山中
- 輸送日数
- 加賀飛脚が金沢〜江戸間を約4日で走破
- 行事の復活
- 1986年(昭和61年)に湯涌温泉観光協会が復活
真夏の江戸に「加賀様の氷」が届くと、将軍家は涼を取り、大名たちは羨んだという。製氷技術など存在しなかった江戸時代、氷は権力と富の象徴そのものでした。
毎年旧暦の6月1日、加賀藩は金沢の山あいに設けた氷室から雪氷を取り出し、江戸の将軍家へ献上しました。この慣わしを「氷室の日」と呼び、現代の記念日「氷の日」はここに由来しています。日本冷凍倉庫協会が制定しました。
氷室とは、冬に降り積もった天然の雪や氷を夏まで保存するための施設です。山の北斜面に深く穴を掘り、わらや土で断熱し、雪氷を層状に詰め込んで保管しました。加賀藩の氷室は現在の石川県金沢市・湯涌温泉の山中に設けられており、大寒の頃に詰め込んだ雪が夏まで溶けずに残りました。
最大の難関は輸送でした。金沢から江戸まで約480キロ。通常の飛脚で12日かかる道のりを、加賀藩の「氷室飛脚」は1日120キロのペースで走り続け、わずか4日で届けたとされています。届いた氷は泥や不純物が混じっているため食用にはならず、器に盛った果物や食料を冷やすために使われたといいます。将軍家にとっても、これほどの手間をかけた贈り物は格別のものだったはずです。
この伝統は明治維新とともに途絶えましたが、1986年(昭和61年)に湯涌温泉観光協会らの手で復活。毎年1月末に雪を氷室へ詰め込み、6月30日に取り出して石川県知事や金沢市長のもとへ届ける行事として現在も続いています。江戸時代の飛脚が駆け抜けた道は変わりましたが、初夏に氷室を開く所作は400年近い時を経てもなお受け継がれています。
冷凍倉庫は現代の氷室です。マイナス数十度の庫内で食料を長期保存するその機能は、かつて人々が命がけで実現しようとした「夏の氷」の延長線上にあります。7月25日の「かき氷の日」(「な(7)つ(2)ご(5)おり」の語呂合わせ)とあわせて、氷と人間の長い付き合いは今もなお続いています。
参考リンク
6月1日の他の記念日
6月1日のカレンダー情報
6月の二十四節気・雑節
- 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
- 夏至(げし) 6月21日(日)
- 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)