マリリン・モンローの日 (記念日 6月1日)

マリリン・モンローの日
本名
ノーマ・ジーン・ベイカー
生没年
1926年6月1日〜1962年8月4日(享年36歳)
出身地
アメリカ・ロサンゼルス
代表作
お熱いのがお好き(1959年)、七年目の浮気(1955年)
制定年
1992年(平成4年)
制定者
ロサンゼルス市・ハリウッド商工会議所

「ハッピーバースデー、ミスター・プレジデント」——1962年5月、ジョン・F・ケネディ大統領の誕生日パーティーでマリリン・モンローがニューヨーク・マジソンスクエアガーデンのステージで歌ったこの一幕は、20世紀ポップカルチャー史に刻まれた伝説的な場面です。肌に張り付くような肌色のラインストーン装飾ドレスをまとい、2万人の観衆の前に現れた彼女の姿は、その3か月後に訪れる突然の死とともに、いまなお語り継がれています。

マリリン・モンローは1926年6月1日、ロサンゼルスに生まれました。本名はノーマ・ジーン・ベイカー。父親は生まれる前に失踪し、精神疾患を抱える母親のもとでは育てられず、幼少期を里親家庭や養護施設を転々として過ごしました。16歳で結婚しましたが4年で離婚し、軍需工場で働きながらモデルとして活動を開始。その後、芸名「マリリン・モンロー」を名乗るようになります。「モンロー」は母方の姓、「マリリン」は1920年代のブロードウェイ女優マリリン・ミラーに由来しています。

1953年は彼女のキャリアにとって転換点となりました。『ナイアガラ』『紳士は金髪がお好き』『百万長者と結婚する方法』の3作品を立て続けに公開し、ハリウッドを代表するスターへと躍り出ます。1955年の『七年目の浮気』では、地下鉄の通気口の上でスカートがめくれ上がるシーンが世界的な話題を呼びました。1959年の『お熱いのがお好き』はコメディの傑作として現在も高い評価を受けており、彼女のコミカルな演技力を示す代表作です。女優としての評価を高める一方、彼女の私生活は波乱に満ちたものでした。劇作家アーサー・ミラーとの結婚と離婚、精神的な不安定さと向き合いながらも撮影に挑み続けた日々。最後の出演となった未完の映画『何かいいことないか子猫チャン』の撮影中、彼女はすでに深刻な健康状態にあったとされています。1962年8月4日、36歳の若さで睡眠薬(バルビツール酸系薬物)の過剰摂取により死去。公式見解は自殺の可能性が高いとされていますが、ケネディ兄弟との関係をめぐる陰謀論は今日まで絶えません。

没後60年以上が経つ現在も、マリリン・モンローの影響力は衰えていません。アンディ・ウォーホルのシルクスクリーン作品に描かれ、エルヴィス・プレスリーやミッキーマウスと並ぶ「アメリカン・ポップカルチャーの象徴」として位置づけられています。1992年(平成4年)、ロサンゼルス市とハリウッド商工会議所が彼女の誕生日である6月1日を「マリリン・モンローの日」と制定しました。

6月1日のカレンダー情報

六曜 先勝
吉日 神吉日、大明日
月齢 15.3

6月の二十四節気・雑節

  • 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
  • 夏至(げし) 6月21日(日)
  • 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)