横浜港開港記念日・長崎港開港記念日 (記念日 6月2日)
- 開港年月日
- 1859年6月2日(安政6年)
- 根拠条約
- 日米修好通商条約(全14ヶ条)
- 交渉相手
- 米国総領事タウンゼント・ハリス
- 開港地選定
- 神奈川宿を避け横浜村の砂浜に決定
- 同日開港の港
- 横浜・長崎(同日)
- 関連記念日
- 5月20日は東京港開港記念日
1859年(安政6年)6月2日、横浜と長崎の港が同時に開かれました。前年1858年に締結された日米修好通商条約の規定による開港で、日本が本格的な自由貿易の時代へ踏み出した日です。
この条約は14ヶ条からなるもので、アメリカ総領事タウンゼント・ハリスが江戸幕府に強く求めた自由貿易協定でした。幕府は神奈川・長崎・新潟・兵庫の開港を約束しましたが、実際の神奈川開港地には東海道沿いの神奈川宿ではなく、外れた立地の横浜村が選ばれています。外国人と往来する旅人との摩擦を避けるためという幕府の判断でした。
開港当初の横浜は、砂浜に簡素な波止場が設けられた程度の小さな漁村でした。しかし背後に運上所(現在の税関)や町会所が置かれ、外国商人の居留地が整備されるにつれ、みるみる貿易港としての体裁を整えていきました。開港からわずか数年で、生糸や茶を中心とした輸出拠点として機能し始め、江戸・東京の経済を支える港湾都市への変貌が始まります。現在の横浜税関の建物「クイーンの塔」は、この運上所の流れを汲む施設として知られています。
一方の長崎は、それ以前から出島でオランダとの限定的な交易を続けてきた港です。鎖国体制の唯一の窓口だった長崎にとって、この開港は「管理された交易」から「自由貿易」への転換を意味しました。横浜が新興の貿易港として急成長する一方、長崎は既存の対外ネットワークを活かして対アジア貿易の拠点としての役割を担っていきます。
同じ日に開港した二つの港は、その後まったく異なる発展を遂げました。横浜は明治以降も日本最大の貿易港として機能し続け、長崎は造船業と対外交流の歴史を積み重ねました。なお、5月20日は「東京港開港記念日」にあたります。
6月2日の他の記念日
6月2日のカレンダー情報
6月の二十四節気・雑節
- 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
- 夏至(げし) 6月21日(日)
- 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)