寸心忌 (記念日 6月7日)

寸心忌
忌日
1945年(昭和20年)6月7日
享年
74歳
生誕地
加賀国河北郡森村(現:石川県かほく市森)
生年月日
1870年5月19日(明治3年4月19日)
居士号
寸心
主な著作
『善の研究』(1911年)
受章
文化勲章(1940年)
所属
京都学派
記念施設
石川県西田幾多郎記念哲学館(2002年開館)

「純粋経験」という概念をご存じでしょうか。主観と客観が分かれる以前の、直接的な意識のあり方を指すこの言葉は、1911年(明治44年)に発表された『善の研究』によって日本の哲学思想に持ち込まれました。その著者・西田幾多郎の忌日が、6月7日の寸心忌です。

「寸心」とは西田の居士号であり、この日には各地で献花式や記念講演会が催され、遺徳が偲ばれます。西田は1870年(明治3年)、加賀国河北郡森村(現:石川県かほく市森)に生まれました。東京帝国大学哲学科の選科を修了後、第四高等学校で講師・教授を務めます。この時期、物心両面の苦悩のなかで参禅の経験を積み重ね、その実践的な問いが後の哲学的営みの土台となりました。やがて京都帝国大学の助教授・教授に就任し、倫理学や宗教学を講ずる傍ら、独自の思想体系を構築していきます。

西田哲学の根幹にあるのは、東洋的な精神性と西洋哲学を内面的に統一しようとする姿勢です。ヘーゲルやフィヒテ、さらには禅の影響を受けながら、西田は「純粋経験」を出発点に、「場所の論理」「絶対無」といった独創的な概念を次々と展開しました。田辺元らとともに「京都学派」を形成し、近代日本哲学の一大潮流を生み出した功績は計り知れません。著作は『自覚に於ける直観と反省』『働くものから見るものへ』『哲学の根本問題』など多岐にわたります。

1928年(昭和3年)に京都帝国大学を退官した後も、西田は精力的な著作活動を続けました。1940年(昭和15年)には文化勲章を受章し、大正・昭和の思想界に与えた影響の大きさが公に認められます。そして1945年(昭和20年)6月7日、神奈川県鎌倉市の自宅で74歳の生涯を閉じました。没後も西田の思想は国内外の研究者に読み継がれており、2002年(平成14年)には出身地のかほく市に「石川県西田幾多郎記念哲学館」が設置されています。日本独自の哲学的言語を生み出した西田の問いは、今日もなお問いかけ続けています。

6月7日のカレンダー情報

六曜 先勝
吉日 神吉日、天恩日
月齢 21.3

6月の二十四節気・雑節

  • 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
  • 夏至(げし) 6月21日(日)
  • 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)