薄桜忌 (記念日 6月10日)
- 生年月日
- 1897年(明治30年)11月28日
- 没年月日
- 1996年(平成8年)6月10日(享年98歳)
- 出身地
- 山口県玖珂郡横山村(現:岩国市)
- 代表作
- 『色ざんげ』『おはん』『生きて行く私』『薄墨の桜』
- 主な受賞歴
- 女流文学賞(1970年)、日本芸術院賞(1972年)、菊池寛賞(1982年)
- 文化的功績
- 文化功労者(1990年)、日本芸術院会員(1972年)
西洋料理店のウェイトレスとして18日間働くうちに、芥川龍之介や久米正雄と知り合った——そんな劇的な出会いが、宇野千代を小説家へと引き寄せた。4度にわたる結婚と離婚、画家や小説家との愛の遍歴、そのすべてを作品の糧にしながら98歳まで書き続けた女性がいた。6月10日は、1996年(平成8年)に宇野千代が急性肺炎のため東京・虎の門病院で世を去った忌日です。
1897年(明治30年)、山口県の酒造業を営む裕福な家に生まれる。幼くして実母を亡くし、父が迎えた継母を実の母として慕って育った。その継母が、後年の代表作『おはん』(1947〜57年)のモデルとされる。14歳で義母の姉の子と結婚するが10日ほどで実家へ帰り、その後は小学校の代用教員、朝鮮・京城への滞在、元夫の弟との再婚など、慌ただしく居場所を変え続けた。
転機は東京・本郷三丁目の燕楽軒でのアルバイトでした。わずか18日間の給仕の仕事で、久米正雄、芥川龍之介、今東光らと交流を持ちます。その後、北海道を経て1921年(大正10年)に『時事新報』の懸賞短編小説へ投じた『脂粉の顔』が一等当選を果たし、文壇デビューを飾ります。「文章がこんなに金になるのか」と驚いたという本人の述懐は、のちに自伝的小説『生きて行く私』(1983年)に記されています。デビュー後に執筆した代表作『色ざんげ』(1933〜35年)は、画家・東郷青児との同棲関係を素材にした作品で、女性的な情感と赤裸々な告白体が大きな反響を呼びました。創作の傍ら1936年(昭和11年)にはファッション雑誌『スタイル』を創刊し、着物デザイナーや実業家としての顔も持ちます。その多才ぶりは文壇の枠にとどまらず、女性実業家の先駆けとも評されています。
1970年(昭和45年)に『幸福』で女流文学賞、1972年(昭和47年)に日本芸術院賞を受賞し同年に院会員となります。1982年(昭和57年)には菊池寛賞を受賞し、1990年(平成2年)には文化功労者に選出されました。翌1983年に発表した『生きて行く私』は自伝的小説として宇野の代名詞となり、晩年に至るまで旺盛な執筆活動は衰えることがありませんでした。98歳という生涯は、波乱の前半生とは対照的に、静かな円熟の時間として結ばれました。
忌日の名称「薄桜忌(はくおうき)」は、岐阜県本巣市にある樹齢1500年以上のエドヒガンザクラの古木「薄墨桜(淡墨桜)」への深い愛着に由来します。1975年(昭和50年)には小説『薄墨の桜』を刊行し、生前は薄墨桜の保護活動にも尽力しました。この日には縁のある寺院での法要や生家での偲ぶ会が催され、稀有な生涯を生きた作家の記憶が引き継がれています。
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6月10日のカレンダー情報
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