傘の日 (記念日 6月11日)
- 制定
- 1989年(平成元年)
- 制定者
- 日本洋傘振興協議会(JUPA)
- 協議会設立
- 1963年(昭和38年)3月
- 最古の洋傘記録
- 1804年(文化元年)、長崎入港の唐船舶載品「黄どんす傘一本」
- 庶民への普及
- 1868年(明治元年)、「武江年表」に記述
- 日付の由来
- 6月10日ごろが雑節「入梅」にあたることが多いため
6月10日は「傘の日」だ。この日は雑節「入梅」にあたることが多く、日本洋傘振興協議会(JUPA)が1989年(平成元年)に制定した。梅雨という季節と傘という道具が、これほど深く結びついた文化を持つ国は珍しい。
日本洋傘振興協議会は1963年(昭和38年)3月、全国の洋傘製造業者有志によって設立された団体で、東京都台東区浅草橋に事務局を置く。設立から半世紀以上が経つ今も、洋傘の品質向上と安全性の確立、ファッショントレンドの研究、機能性の向上を続けています。また、同協議会が独自に設定した「JUPA基準」に適合した製品には「JUPAマーク」が添付され、品質・信頼・安心の証となっています。
日本に洋傘が持ち込まれた歴史は意外に古いです。最古の確実な記録は1804年(文化元年)にさかのぼります。長崎に入港した中国(清)からの唐船の舶載品目に「黄どんす傘一本」との記述が残されています。「どんす(緞子)」とは室町時代に中国(明)から伝わった絹の紋織物で、光沢があることで知られる高級素材です。舶載品として一点だけ記録されていることからも、当時の洋傘がいかに希少な品であったかがわかります。金属製の骨組みと絹の生地を組み合わせた洋傘は、庶民には手の届かない異国の工芸品として扱われ、将軍や大名など権力者への贈答品として用いられることが多かったとされています。これ以前にも安土桃山時代、堺の商人が豊臣秀吉に洋傘を献上した記録が存在しますが、品目が特定できる史料としては「黄どんす傘」が最古とされています。
洋傘が一般市民に広まったのは明治維新後のことです。1868年(明治元年)刊行の「武江年表」には「この年から庶民にも洋傘が普及し始めた」との記述があります。文明開化の波に乗って輸入本数が急増し、それまで一部の富裕層だけのものだった洋傘が、急速に庶民の生活へと浸透していきました。
「傘の日」の目的は販売促進だけにとどまりません。傘の使い方に関するモラルの向上も大きなテーマとして掲げられています。混雑した駅構内や繁華街で傘を持ち歩く際のマナー、置き忘れや放置といった問題は今も課題であり続けています。統計によると、日本では年間に数千万本の傘が販売される一方、忘れ物として届けられる傘の数も膨大です。この記念日は、傘という日用品との付き合い方をあらためて考える機会にもなっています。
参考リンク
6月11日のカレンダー情報
6月の二十四節気・雑節
- 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
- 夏至(げし) 6月21日(日)
- 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)