エスペラントの日 (記念日 6月12日)
- 考案者
- ルドヴィコ・ラザロ・ザメンホフ(ポーランド出身の眼科医)
- 考案年
- 1887年(明治20年)
- 日本エスペラント協会設立年
- 1906年(明治39年)6月12日
- 世界の話者数(推定)
- 100万〜200万人
- 言語名の意味
- エスペラント語で「希望する者」
- 文法規則の数
- わずか16項目(例外なし)
世界には約7000もの言語が存在すると言われています。その言語の違いが引き起こす摩擦や誤解をなくしたいという夢から生まれたのが、人工言語「エスペラント」です。1906年(明治39年)のこの日、日本でもエスペラント協会が設立されました。日本エスペラント学会はこの日を「エスペラントの日」として制定し、その普及と発展を後世に伝えています。
エスペラントを考案したのは、ポーランド出身のユダヤ人眼科医、ルドヴィコ・ラザロ・ザメンホフです。1859年生まれの彼が育ったビャウィストクは、ポーランド人・ロシア人・ドイツ人・ユダヤ人など複数の民族が混在する街でした。言語の違いから生まれる民族間の対立を目の当たりにしたザメンホフは、「共通の言語さえあれば、人々は互いに理解し合えるのではないか」という信念を抱き、国際共通語の研究を始めます。
1887年(明治20年)、ザメンホフは「ドクトル・エスペラント(希望する医師)」というペンネームで最初の教本を発表しました。この言語は後に「エスペラント」と呼ばれるようになります。エスペラントの文法はわずか16項目の規則から成り立ち、例外が一切ありません。名詞はすべて「-o」、形容詞はすべて「-a」で終わるなど、規則性が徹底されており、ヨーロッパ系言語を母語としない人でも比較的短期間で習得できると評価されています。
エスペラントが発表されてから18年後の1905年、フランスのブローニュ=シュル=メールで第1回世界エスペラント大会が開催されました。33カ国から688人が参加したこの大会は、国際語としてのエスペラントの可能性を世界に示す大きな節目となりました。翌1906年には日本にもエスペラント協会が設立され、二葉亭四迷が日本初のエスペラント教科書『世界語』を著すなど、明治の知識人たちの間でも関心が高まりました。
現在、エスペラントを話す「エスペランティスト」は世界中に100万〜200万人程度存在すると推定されています。国際連盟や国連でエスペラントを公用語として採用しようとする提案が何度か議論されましたが、実現には至っていません。それでも、エスペランティストたちは国籍・文化・宗教を超えた交流を今日も続けており、毎年開催される世界エスペラント大会には各国から数千人が集まります。「希望する者」を意味するこの言語は、人類が抱いてきた「言葉の壁を越えたい」という普遍的な願いの結晶です。なお、エスペラントの創案者ザメンホフの誕生日にあたる12月15日は「ザメンホフの日」として、エスペランティストたちに親しまれています。
6月12日の他の記念日
6月12日のカレンダー情報
6月の二十四節気・雑節
- 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
- 夏至(げし) 6月21日(日)
- 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)