アンネの日記の日 (記念日 6月12日)

アンネの日記の日
日記開始日
1942年6月12日
日記の記録期間
1942年6月12日〜1944年8月1日(約2年間)
隠れ家の場所
オランダ・アムステルダム
アンネの没年齢
15歳(1945年3月、ベルゲン・ベルゼン強制収容所)
唯一の生存者
父オットー・フランク
初版出版年
1947年(オランダ語)

1942年6月12日、ユダヤ系ドイツ人の少女アンネ・フランク(Anne Frank、1929〜1945年)は、13歳の誕生日に父オットー・フランクから贈られた日記帳に、初めての言葉を書き記しました。これが、後に60か国以上の言語へ翻訳され、世界中で読まれることになる『アンネの日記』の始まりです。

当時、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害はオランダにも及んでいました。アンネ一家をはじめとする8人は、アムステルダムにある父の会社の建物の隠し部屋に身を潜めることになります。日記は、隠れ家に入る直前のこの誕生日から書き始められました。

日記は1942年6月12日から1944年8月1日まで、およそ2年間にわたって書き続けられました。狭い空間での緊張した生活、外の世界への切望、思春期の感情――アンネは日々の出来事を率直な言葉でつづりました。日記は単なる個人の記録にとどまらず、ナチス占領下に生きたユダヤ人の暮らしを内側から伝える証言として後世に残されています。

1944年8月4日、密告によってドイツ秘密警察が隠れ家に踏み込みました。8人全員が逮捕され、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所へと送られました。その後アンネはドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所に移送され、1945年3月、発疹チフスにより15歳でその生涯を終えました。

逮捕された8人のうち、終戦を生き延びることができたのは父オットー・フランクただ一人でした。帰還したオットーは、隠れ家に残されていたアンネの日記を収集・整理し、出版に尽力しました。日記は1947年にオランダ語で初版が刊行され、その後多くの言語に翻訳されました。現在、日記の舞台となったアムステルダムの隠れ家は「アンネ・フランクの家」として博物館に整備され、世界中から多くの人が訪れています。アンネの日記は、戦争と差別がもたらした歴史の記録として、今も読み継がれています。

6月12日のカレンダー情報

六曜 赤口
吉日 一粒万倍日、巳の日
月齢 26.3

6月の二十四節気・雑節

  • 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
  • 夏至(げし) 6月21日(日)
  • 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)