米百俵デー (記念日 6月15日)
- 制定年
- 1996年(平成8年)
- 制定者
- 新潟県長岡市
- 由来となった出来事
- 国漢学校新校舎の開校(1870年5月3日)
- 主な人物
- 小林虎三郎(長岡藩大参事)
- 贈呈される賞
- 米百俵賞(長岡市米百俵財団)
- 米の贈り主
- 三根山藩
「食えない時こそ、教育が大切だ」――戊辰戦争に敗れた長岡藩を舞台に、百俵の米を学校設立の資金へと転じた決断は、150年以上が過ぎた今も語り継がれています。米百俵デーは、その精神を次世代に伝えることを目的に、長岡市が市制90周年を迎えた1996年(平成8年)に制定した記念日です。
戊辰戦争後、長岡藩の財政は壊滅的な状態にありました。士族でさえ三度の「かゆ」もままならない窮乏の中、支藩の三根山藩が救援として百俵の米を送ってきました。受け取った藩の大参事・小林虎三郎は、この米を士族に配分することを拒みます。「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育に充てれば明日の一万俵、百万俵になる」として米を売却し、その代金を教育資金に充てました。1870年(明治3年)5月3日、「国漢学校」新校舎が開校します。
小林虎三郎は幕末の思想家・佐久間象山に師事した儒学者で、勝海舟とともに象山門下の双璧と評された人物です。維新後は長岡藩の教育行政を担い、国漢学校は後に長岡洋学校と改称されて西洋の学問も取り入れた近代教育の拠点となりました。この学校から輩出された人材は、明治期の日本各地で活躍しています。
2001年5月、当時の小泉純一郎首相が就任直後の所信表明演説でこの故事を取り上げました。「今こそ米百俵の精神が必要です」という言葉は広く報道され、財政が厳しい時代にあっても人材育成への投資を怠らないという姿勢を示す言葉として全国に広まりました。この演説をきっかけに長岡市への注目が一気に高まり、小林虎三郎の決断を描いた小説や舞台作品も相次いで制作されました。長岡市では毎年5月3日に長岡市米百俵財団が「米百俵賞」を贈呈し、人材育成に顕著な貢献をした個人または団体を表彰しています。
6月15日の他の記念日
6月15日のカレンダー情報
6月の二十四節気・雑節
- 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
- 夏至(げし) 6月21日(日)
- 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)