波津女忌 (記念日 6月17日)
- 生年月日
- 1906年(明治39年)10月25日
- 没年月日
- 1985年(昭和60年)6月17日
- 本名
- 浅井梅子(旧姓:浅井)
- 師匠・夫
- 山口誓子
- 所属誌
- ホトトギス・馬酔木・天狼
- 主な句集
- 『良人』『天楽』、遺句集『紫玉』
1985年(昭和60年)6月17日、俳人・山口波津女(やまぐち はつじょ)は78歳で生涯を閉じました。昭和の俳壇を代表する巨人・山口誓子の伴侶にして、独自の俳句世界を築いた女性俳人の忌日を、波津女忌と呼びます。
1906年(明治39年)10月25日、大阪府大阪市北区中之島に生まれた波津女は、旧姓を浅井、本名を梅子といいます。俳人であった父の影響を受け、少女時代からすでに句作に親しんでいました。大阪の清水谷高等女学校を卒業後、1927年(昭和2年)に俳人・山口誓子の弟子となります。翌1928年(昭和3年)には誓子と結婚し、以後は師であり夫でもある誓子のもとで本格的に俳句の道を歩み始めました。
波津女が活動の場としたのは、当時の俳壇の中心をなす雑誌でした。高浜虚子が主宰する『ホトトギス』、水原秋桜子が率いる『馬酔木(あしび)』を経て、1948年(昭和23年)には夫・誓子が創刊した『天狼(てんろう)』の同人となります。『天狼』は戦後俳壇に新風をもたらした前衛的な雑誌であり、波津女はその創刊メンバーとして誓子とともに俳句の現代化を担いました。
生前に刊行した句集は『良人(おっと)』と『天楽』の二冊です。夫への深い眼差しを題名に込めた『良人』には、日常の夫婦生活や四季の移ろいを繊細に詠んだ句が収められており、身近な生活の中に俳句の素材を見出す波津女の姿勢がよく表れています。続く『天楽』では、天の音楽を想わせる題名が示すとおり、より精神的な高みへと向かう句境の深まりが見られます。生活に根ざした写生を基盤としながら、晩年にかけて静謐で内省的な詠みぶりへと深化していったとされます。没後には遺句集『紫玉』が刊行され、生涯にわたる句業がまとめられました。父から受け継いだ俳句への情熱を、誓子との歩みの中で独自の詩境へと昇華させた波津女の仕事は、昭和女性俳人史に確かな足跡を残しています。
6月17日の他の記念日
6月17日のカレンダー情報
6月の二十四節気・雑節
- 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
- 夏至(げし) 6月21日(日)
- 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)