考古学出発の日 (記念日 6月18日)

考古学出発の日
発見日
1877年(明治10年)6月19日
発掘開始日
1877年(明治10年)9月16日
発見者
エドワード・S・モース(アメリカ人動物学者)
史跡指定
1955年(昭和30年)3月24日
重要文化財指定
1975年(昭和50年)、出土品一括
所在地
東京都品川区・大田区境界付近(大森貝塚遺跡庭園)

汽車の車窓から、崖の断面に白く輝く貝殻の層が見えた。1877年(明治10年)6月19日、横浜から新橋へ向かう列車の中で、アメリカ人動物学者エドワード・S・モース博士はその光景を見逃しませんでした。

モース博士はもともと貝類の研究者として知られ、腕足類(ブラキオポーダ)の標本収集を目的に日本を訪れていました。東京大学(当時は東京開成学校)の招聘を受けたことも来日の動機のひとつで、動物学の講義を担当する予定でした。しかし、車窓から目にした貝塚の発見が、彼の日本滞在に全く別の意味をもたらすことになります。

政府の許可を得たモース博士は、同年9月16日に大森での発掘調査を開始しました。日本で初めて行われる科学的な発掘調査でした。掘り出されたのは貝殻・土器・土偶・石斧・石鏃・鹿と鯨の骨片・人骨片など、縄文時代の生活を伝える多彩な遺物でした。博士はこれらを丁寧に記録し、英文の発掘報告書「Shell Mounds of Omori」にまとめました。報告書は1879年に刊行され、科学的な記述と精密なスケッチを備えた同書は、当時の欧米の考古学界にも広く紹介されました。発掘の手法そのものが日本の研究者たちに大きな影響を与え、近代考古学の手本となりました。

報告書の中でモース博士は、出土した土器の表面に縄目の文様が施されていることに注目し、「cord marked pottery(縄目文様土器)」と記しました。この表現が後に「縄文土器」という名称の起源となり、縄文時代という時代区分の概念につながっていきます。動物学者として来日した人物が、日本の先史考古学の基礎を築きました。

大森貝塚は現在、東京都品川区・大田区の境界付近に遺跡庭園として整備されており、一般に公開されています。1955年(昭和30年)3月24日には国の史跡に指定されました。モース博士らが持ち帰った出土品は東京大学に保管され、1975年(昭和50年)には全て国の重要文化財に指定されています。車窓の一瞬の発見が、日本考古学の出発点となりました。

6月18日のカレンダー情報

六曜 友引
吉日 神吉日
月齢 3.0

6月の二十四節気・雑節

  • 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
  • 夏至(げし) 6月21日(日)
  • 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)