モンブランの日 (記念日 毎月第3日曜日、6月第3日曜日)

モンブランの日
制定者
株式会社モンブラン(兵庫県神戸市西区)
記念日の日付
毎年6月第3日曜日(父の日)
認定
一般社団法人・日本記念日協会(登録終了)
名前の意味
フランス語で「白い山」(アルプス山脈最高峰に由来)
日本への伝来
1933年、東京・自由が丘の洋菓子店「MONT-BLANC」が発祥
使用栗
熊本県球磨地方産・丹沢栗(「至高のモンブラン 丹沢 VOL.54」)

モンブランケーキの名前は、フランス語で「白い山」を意味するアルプス山脈の最高峰・モンブラン山(標高4,808m)に由来します。山頂を覆う真っ白な雪と、栗のペーストをたっぷりと絞り出して雪山のように仕上げたケーキの形が重なり、この名前がつけられました。フランスとイタリアの国境に位置するモンブラン山は西ヨーロッパで最も高い峰であり、その雄大な姿がケーキのビジュアルに重ねられています。ケーキひとつにアルプスの山岳風景を映し込むという発想が、長く愛されてきた理由のひとつかもしれません。

モンブランケーキの起源については諸説ありますが、フランスやイタリアの国境付近、サヴォワ地方やピエモンテ州の家庭菓子がルーツとされています。1903年にはパリの老舗カフェ「アンジェリーナ」がモンブランを提供し始め、フランスでも広く知られるようになりました。栗の産地として知られるこの地域では、栗は古くから日常的な食材であり、甘く煮た栗のクリームをたっぷりと使ったこのケーキは、地元の人々に長く親しまれてきました。

日本にモンブランが伝わったのは1933年のことです。東京・自由が丘の洋菓子店「MONT-BLANC(モンブラン)」の初代店主・迫田千万億氏が、フランスでこの菓子を知り帰国後に日本向けにアレンジして販売を始めたのがきっかけでした。当初はカステラを土台に使い、栗を甘露煮にしてペースト状にしたもので、日本人の口に合う黄色いモンブランとして広まっていきました。こうして自由が丘はモンブランの聖地として知られるようになり、現在も多くのモンブラン専門店が集まるエリアとなっています。

1984年にはプランタン銀座内の「サロン・ド・テ・アンジェリーナ」が、フランス産マロンクリームを使った茶色いモンブランを日本に紹介し、それ以来、黄色と茶色の2タイプが定番として定着しました。現在では抹茶・塩キャラメル・いちごなど多彩なバリエーションが登場し、季節を問わず人気のケーキとなっています。専門店やコンビニスイーツにまで広がったモンブランは、今や日本を代表する洋菓子のひとつといえます。

「モンブランの日」は、兵庫県神戸市西区に本社を置き、洋菓子店「モンブランKOBE」を運営していた株式会社モンブランが制定した記念日です。日付は毎年6月第3日曜日の「父の日」に設定されており、「母の愛は海より深く、父の恩は山より高く」という言葉にちなみ、ヨーロッパアルプス最高峰の名を冠したモンブランを父に贈る習慣を広めたいとの願いが込められています。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録されていましたが、その後登録は終了しています。同店の「至高のモンブラン 丹沢 VOL.54」は熊本県の球磨地方で収穫された丹沢栗を使用し、ペースト状にして惜しみなく絞り上げた一品で、低脂肪の生クリームを合わせることで軽やかな口当たりを実現し、栗本来の甘みと風味を存分に引き立てていました。産地にこだわった素材選びと職人の技が詰まったこの一皿は、神戸から全国へとモンブランの魅力を伝えていました。