らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日 (記念日 6月22日)
- 記念日の日付
- 6月22日
- 制定年
- 2009年(平成21年)
- 主催
- 厚生労働省
- 補償法公布日
- 2001年(平成13年)6月22日
- 強制隔離期間
- 1907年〜1996年(約89年間)
- 訴訟提起年
- 1998年(平成10年)、熊本地裁
89年間にわたって、国は法律によってハンセン病患者を強制的に隔離し続けました。1907年(明治40年)の「癩予防ニ関スル件」に始まり、1996年(平成8年)の「らい予防法」廃止まで、患者たちは療養所に収容され、外の社会との接触を絶たれました。「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」は、その歴史的な誤りと向き合うために設けられた日です。
2001年(平成13年)6月22日、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」(通称・ハンセン病補償法)が公布・施行されました。この法律は、国の隔離政策によって人生を奪われた患者たちに対する補償と名誉回復を目的としています。2009年(平成21年)から、この6月22日が記念日として位置づけられ、厚生労働省主催による追悼・慰霊・名誉回復の行事が毎年行われています。
補償法制定の直接のきっかけは、1998年(平成10年)に熊本地裁へ提訴されたハンセン病国家賠償訴訟でした。元患者13人が起こしたこの訴訟に対し、2001年5月11日、熊本地裁はほぼ全面的に原告側の主張を認める判決を下しました。国は控訴を断念し、判決が確定。その後、わずか1か月余りで補償法が成立しました。
らい予防法が廃止された1996年時点で、国は隔離政策の誤りに正式な謝罪をしていませんでした。患者たちが長年にわたって置かれた状況は深刻なものでした。療養所内での強制労働、外出制限、断種・堕胎の強要、そして家族からの分断。回復した後も、社会復帰の道は事実上閉ざされていたケースが少なくありませんでした。現在も全国各地にハンセン病療養所が残っており、高齢となった元入所者たちが生活を続けています。記念日に行われる行事は、過去の事実を記録し、亡くなった方々を追悼するとともに、同様の差別や偏見が繰り返されないよう社会に伝え続ける機会となっています。
6月22日のカレンダー情報
6月の二十四節気・雑節
- 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
- 夏至(げし) 6月21日(日)
- 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)