演説の日 (記念日 6月27日)
- 初の演説会
- 1874年(明治7年)6月27日
- 主宰者
- 福沢諭吉(慶応義塾創設者)
- 三田演説館竣工
- 1875年(明治8年)5月1日
- 重要文化財指定
- 1967年
- 収容人数
- 1・2階合計 約150席
- 現在地への移築
- 1924年(関東大震災後)
1874年(明治7年)6月27日、慶応義塾の三田演説館で日本初の演説会が開かれました。この日を記念して「演説の日」とされています。主宰したのは福沢諭吉。演壇に立った彼はこう説きました。「日本が欧米と対等の立場に立つためには、演説の力を身につけることが必要だ」と。そもそも「演説」という言葉は、当時の日本には存在していませんでした。英語の「speech」に相当する日本語がなかったため、福沢は仏教語をもとに「演説」という言葉を自ら造語しました。「討論」という言葉も同様に福沢の創作です。言葉がなければ概念も定着しない。まず言葉を作るところから、福沢の近代化プロジェクトは始まっていました。
演説会の翌年、1875年(明治8年)5月1日、福沢は私財を投じて三田演説館を建設します。日本最初の演説専用の会堂です。外観は木造寄棟瓦葺・なまこ壁という和の意匠を持ちながら、内部は西洋式の演壇と吹き抜け構造という「擬洋風建築」の傑作で、1967年に国の重要文化財に指定されています。1・2階合わせて約150席を備えたこの建物は、関東大震災後の1924年に現在の三田キャンパス南西・稲荷山に移築され、今も現役で使われています。三田演説会の誕生は、明治10年代の自由民権運動にも大きな影響を与えました。東京市中で演説会活動が盛んになり、「演説の時代」とも呼ばれる社会的な気運が生まれます。人前で論理的に言葉を発し、聴衆を説得するという文化は、三田の小さな会堂から日本全国へと広がっていったのです。150年以上を経た現在も、三田演説館では「三田演説会」などの行事が開催されており、福沢が夢見た「言論の場」は現役の空間として息づいています。
6月27日のカレンダー情報
6月の二十四節気・雑節
- 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
- 夏至(げし) 6月21日(日)
- 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)