日照権の日 (記念日 6月27日)

日照権の日
判決日
1972年(昭和47年)6月27日
判決機関
最高裁判所
判決内容
日照権・通風権を法的保護に値する権利と初認定
判断基準
受忍限度論(社会生活上一般に受忍すべき程度を超えるか)
日照権を提唱した人物
五十嵐敬喜(法政大学法学部教授・弁護士)
関連法規
建築基準法の日影規制(昭和51年制定)

1972年(昭和47年)6月27日、最高裁判所がひとつの歴史的な判断を下しました。違法建築の隣家によって日照と通風を奪われたとして争われた裁判で、「日照権および通風権は法的に保護するのに値する」と初めて認定したのです。この判決が、日本における日照権確立の出発点となりました。

当時の日本は高度経済成長の真っただ中にありました。昭和40年代に入ると、都市部を中心に中高層マンションの建設が急増し、それまで日当たりのよかった住宅が突然影に覆われるケースが各地で発生しました。隣に建物が建っても法的に対抗する手段がほとんどなかった時代、住民たちは泣き寝入りを強いられることが少なくありませんでした。昭和47年の最高裁判決では、2階部分を増築した隣家によって日中の日照がほぼ失われた事案が取り上げられました。最高裁は増築行為が建築基準法違反にも該当すると指摘しつつ、被害が「社会生活上一般に受忍すべき程度を超える」として損害賠償を認めました。この「受忍限度論」はその後の日照権訴訟における判断基準として定着しています。日照権という概念そのものを提唱し、社会に広めたのは法政大学法学部の五十嵐敬喜教授です。教授は弁護士としても活動し、日照をめぐる住民紛争に深く関わりながら、この権利を法律上の概念として体系化しました。最高裁判決と五十嵐教授の活動が相まって、日照権は市民権を得ていきました。

現在、日照権に関する紛争は建築基準法の日影規制(昭和51年制定)や民法の相隣関係規定を根拠に争われます。近隣に高層建築物が建てられ日当たりの阻害が予想される場合、建築工事の差し止めを求める仮処分申請や損害賠償訴訟を起こす根拠となります。50年以上前の最高裁判決が、今日の住環境を守る権利の礎となっています。

6月27日のカレンダー情報

六曜 大安
吉日 神吉日、大明日、不成就日
月齢 12.0

6月の二十四節気・雑節

  • 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
  • 夏至(げし) 6月21日(日)
  • 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)