聖ペテロと聖パウロの祝日 (記念日 6月29日)

聖ペテロと聖パウロの祝日
日付
6月29日(正教会は7月12日)
殉教時期
紀元60年代半ば(ネロ帝治下)
最古の記録
西暦258年・ローマのカタコンベ
ペテロの別名
ケファ(アラム語で「岩」)
パウロの出身地
タルソス(現トルコ南部)
パウロの書簡数
新約聖書中13通

西暦258年、ローマのアッピア街道沿いにあるカタコンベ(地下墓地)で、毎年6月29日に二人の使徒を記念する祭儀が行われていた記録が残っています。聖ペテロと聖パウロの祝日は、キリスト教における最も古い聖人崇敬の一つです。二人はともに紀元60年代半ば、ローマ皇帝ネロの迫害のもとで殉教したとされますが、正確な日付は伝わっていません。6月29日という日付は、殉教の日そのものではなく、3世紀以降にローマ教会が定めた記念日です。

ペテロはガリラヤ湖の漁師でした。本名はシモン。イエスから「ケファ」(アラム語で「岩」)という名を与えられ、そのギリシャ語訳が「ペトロス」です。

イエスの十二使徒の筆頭に名が挙がり、カトリック教会では初代教皇、すなわちローマ司教の系譜の起点とみなされています。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂は、ペテロの墓所の上に建てられたと伝えられており、1940年代から行われた発掘調査では、大聖堂の地下から1世紀頃の墓地遺構が実際に発見されています。一方のパウロは、漁師だったペテロとはまるで異なる出自の人物です。現在のトルコ南部にあたるタルソス出身のユダヤ人で、ローマ市民権を持ち、エルサレムで高名な律法学者ガマリエルのもとで学んだ知識人でした。当初はキリスト教徒を激しく迫害する側にいましたが、ダマスコへ向かう途中でイエスの声を聞くという体験をし、劇的な回心を遂げます。

回心後のパウロの行動力は凄まじく、小アジア、ギリシャ、ローマと地中海世界を縦横に巡り、各地に教会の基盤を築きました。新約聖書27巻のうち、パウロの名を冠する書簡は13通にのぼります。「ローマの信徒への手紙」「コリントの信徒への手紙」など、これらの書簡はキリスト教神学の根幹を形づくるものとなりました。ユダヤ教の枠を超えて異邦人(非ユダヤ人)への布教を推し進めたことから、「異邦人の使徒」と呼ばれています。

性格も経歴もまったく異なる二人ですが、ともにローマで命を落としたと伝えられています。ペテロは逆さ十字架にかけられ、パウロはローマ市民権を持っていたため斬首刑に処されたとされます。ユリウス暦を使用する正教会ではグレゴリオ暦の7月12日にこの祝日を祝います。ローマ、エルサレム、アンティオキアなど、二人の足跡が残る各地の教会では、現在も盛大な記念行事が行われています。

6月29日のカレンダー情報

六曜 先勝
月齢 14.0

6月の二十四節気・雑節

  • 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
  • 夏至(げし) 6月21日(日)
  • 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)