爽雨忌 (記念日 6月29日)

爽雨忌
忌日
1983年6月29日(享年81)
本名
皆吉大太郎
出身地
福井県福井市
主宰誌
『雪解』(1946年創刊)
受賞
第1回蛇笏賞(1967年)
高浜虚子

福井に生まれ、大阪の会社勤めのかたわら俳句の道を歩み、やがて戦後俳壇の重鎮となった皆吉爽雨(みなよし そうう)。1983年(昭和58年)6月29日、81歳で亡くなったこの日が「爽雨忌」です。

1902年(明治35年)、福井県福井市に生まれた皆吉爽雨の本名は大太郎(だいたろう)。福井中学校(現・福井県立藤島高等学校)を卒業後、1919年(大正8年)に大阪の住友電線製造所(現・住友電気工業)へ入社しました。サラリーマン生活を送りながら俳句雑誌『ホトトギス』に投句を始め、高浜虚子に師事します。虚子が提唱した「花鳥諷詠」の理念を深く受け継ぎ、自然の情景を端正な写生で詠む作風を生涯貫きました。1922年(大正11年)には俳誌『山茶花(さざんか)』の創刊に加わり、後にその選者を務めています。

終戦翌年の1946年(昭和21年)、自ら俳誌『雪解(ゆきげ)』を創刊・主宰。誌名には、長い冬のあとに訪れる雪国の春への想いが込められています。『雪解』は爽雨の指導のもと多くの俳人を育て、戦後のホトトギス系俳壇を支える存在となりました。

1967年(昭和42年)、句集『三露(さんろ)』などの業績が評価され、第1回蛇笏賞を受賞しています。蛇笏賞は俳人協会が主催する俳句界最高峰の賞のひとつで、その栄えある第1回受賞者に選ばれたことは、爽雨の俳句が同時代の俳人たちからいかに高く評価されていたかを物語っています。1979年(昭和54年)には勲四等旭日章を受章し、俳人協会副会長も歴任しました。

残した句集は『雪解』『寒林』『雲坂』『雁列』『寒柝(かんたく)』『花幽』『自選自解・皆吉爽雨句集』と数多く、著書にも『花鳥開眼』『わが俳句作法』『皆吉爽雨著作集 全5巻』『近世秀句』などがあります。会社員として働きながら俳句の世界で頂点を極めた爽雨の足跡は、俳句が日常の暮らしの中から生まれる文芸であることを体現するものでした。

6月29日のカレンダー情報

六曜 先勝
月齢 14.0

6月の二十四節気・雑節

  • 芒種(ぼうしゅ) 6月6日(土)
  • 夏至(げし) 6月21日(日)
  • 入梅(にゅうばい) 6月11日(木)