東京都政記念日 (記念日 7月1日)

東京都政記念日
施行日
1943年(昭和18年)7月1日
廃止された行政体
東京府・東京市
統合の背景
太平洋戦争下での戦時行政一元化
初代都の長
官選の東京都長官(終戦後に公選知事へ移行)
都民の日
1898年10月1日(東京市誕生)を記念
1000万人突破
1962年(昭和37年)

1943年(昭和18年)7月1日、東京府と東京市という二つの行政体が消え、「東京都」が誕生した。

太平洋戦争が激しさを増すなか、帝国の首都に強力な一元的行政機構を確立する必要が高まっていました。防空体制の整備、生活必需品の配給、交通網の統制――いずれも「府と市が並立する二重行政」では迅速に対応できない課題ばかりでした。戦時という非常事態が、長年くすぶり続けた行政改革の議論を一気に現実へと引き寄せたのです。

そもそも問題の根は深かった。1932年(昭和7年)、東京市は周辺82か町村を合併し「大東京」35区体制となりました。この結果、東京府の人口の約93%、府税総額の約96%を東京市民が占めるという、府と市がほぼ重なり合う奇妙な状況が生まれていました。

東京府は府税を徴収しながら、その行政サービスの大半は東京市が担う。住民にとっては二重の行政組織がのしかかり、意思決定も遅れがちでした。首都でありながら、他の道府県と同じ「府・市並立」の枠組みに縛られたままでいることへの不満は、戦前から政府内でもたびたび議論されていました。

1943年(昭和18年)3月、東京都制が帝国議会で成立。同年7月1日の施行をもって東京市は廃止され、東京都が発足しました。都の長には官選の「東京都長官」が置かれ、議決機関として東京都議会と東京都参事会が設置されました。戦時色の強い中央集権的な体制です。

終戦後、1947年(昭和22年)の地方自治法施行により、東京都長官は公選の東京都知事へと変わり、民主的な都政へと移行しました。

7月1日は「東京都政記念日」として定められています。また同じ東京の記念日として、東京市が誕生した1898年(明治31年)10月1日を起源とする「都民の日」があります。1962年(昭和37年)に都の人口が1000万人を突破し、1964年(昭和39年)には東京オリンピックが開催されました。高度経済成長とともに膨張し続けた首都の歩みは、東京都制という行政上の「統合」から始まっていました。

7月1日のカレンダー情報

六曜 先負
吉日 月徳日
月齢 16.0

7月の二十四節気・雑節

  • 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
  • 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
  • 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
  • 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)