モラエス忌 (記念日 7月1日)

モラエス忌
生没年
1854年5月30日〜1929年7月1日
出身地
ポルトガル・リスボン
初来日
1889年(明治22年)
神戸着任
1899年(明治32年)、在神戸ポルトガル副領事
墓所
徳島市西山手町・潮音寺
記念日認定
2018年(平成30年)、日本記念日協会

1929年(昭和4年)7月1日、徳島市内の一室で、ひとりのポルトガル人が孤独のうちに生涯を閉じました。ヴェンセスラウ・ジョゼ・デ・ソーザ・モラエス。本国では著名な文人であり、日本では40年以上を過ごした在日ポルトガル人として知られるその人です。モラエス忌は、この命日7月1日を記念日として定めたもので、徳島県徳島市のモラエス研究会が制定し、2018年(平成30年)に一般社団法人・日本記念日協会に認定・登録されました。

モラエスは1854年5月30日、ポルトガルの首都リスボンに生まれました。海軍学校を卒業後、ポルトガル海軍の士官として公職に就き、1889年(明治22年)に初来日。その後マカオの港務局副司令を経て外交官に転じ、1899年(明治32年)に神戸へ赴任します。日本初のポルトガル領事館の在神戸副領事として着任し、のちに総領事に昇格。1913年(大正2年)まで神戸に勤務しました。

神戸在勤中、モラエスは芸者のおよね(本名・福本ヨネ)と出会い、ともに生活するようになります。ヨネが没すると、モラエスは職を辞して引退し、ヨネの郷里である徳島へ移住。その後はヨネの姪・齋藤コハルと暮らしましたが、コハルにも先立たれます。晩年は本国ポルトガルの新聞・雑誌への寄稿を続けながら、日本人の生活や風俗を母国語で記し続けました。著書は『大日本』『茶の本』『徳島の盆踊』『おヨネとコハル』『日本歴史』『日本精神』『極東游記』など多数にのぼり、邦訳版として『定本モラエス全集』(全5巻、花野宮薫訳、集英社)が刊行されています。徳島という小さな町で書き続けた文章が、ポルトガル語圏の読者に日本を伝える貴重な記録となりました。

没後90年以上にわたり、モラエス顕彰会(現:NPO法人モラエス会)を中心に毎年7月1日に法要が営まれています。墓所は徳島市西山手町の潮音寺。旧宅跡には「モラエス通り」が設けられています。

7月1日のカレンダー情報

六曜 先負
吉日 月徳日
月齢 16.0

7月の二十四節気・雑節

  • 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
  • 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
  • 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
  • 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)