通天閣の日 (記念日 7月3日)
- 初代完成
- 1912年(明治45年)7月
- 二代目完成
- 1956年(昭和31年)10月
- 所在地
- 大阪府大阪市浪速区
- 文化財指定
- 2007年 国の登録有形文化財
- 命名者
- 儒学者・藤沢南岳(1842〜1920年)
- モデル
- パリのエッフェル塔と凱旋門
「天に通じる高い建物」という名を与えたのは、明治時代の儒学者・藤沢南岳(1842〜1920年)です。1912年(明治45年)のこの日、大阪・浪速区の新世界に完成した初代通天閣は、当時の大阪市民に東洋一の高さを誇る塔として強い印象を与えました。パリのエッフェル塔と凱旋門を模したという設計の大胆さも、人々の関心を引きつけた要因のひとつです。
通天閣が建てられた場所は、1903年(明治36年)に開催された第5回内国勧業博覧会の跡地です。博覧会終了後、その広大な敷地を活用するかたちで娯楽街「新世界」が開発され、映画館や劇場、飲食店が立ち並ぶ賑わいの中心として通天閣が建てられました。完成直後から来場者を集め、大阪を代表する観光スポットとして定着していきます。
しかし、太平洋戦争の激化とともに通天閣の運命は暗転します。空襲の目標になることを恐れて目立たない色に塗り替えられましたが、1943年(昭和18年)1月、皮肉にも足元の映画館から出火した火災によって焼失してしまいます。戦時中の金属回収令もあり、鉄骨は軍に供出され、初代通天閣は完全に姿を消しました。
終戦後、地元住民や商店主らを中心に再建を求める声が高まりました。資金集めには地域一体となった募金活動が行われ、1956年(昭和31年)10月に二代目通天閣が完成します。再建からわずか1年で年間来塔者数155万人を記録し、かつての賑わいを取り戻しました。現在の通天閣はこの二代目にあたります。
2007年(平成19年)には国の登録有形文化財に指定され、大阪の近代建築として公式に評価されるようになりました。展望台には「幸運の神」として知られるビリケン像が置かれており、足の裏をなでると願いが叶うという言い伝えから、多くの観光客が訪れます。ビリケンはもともとアメリカで生まれたキャラクターですが、初代通天閣の時代から通天閣のシンボルとして親しまれてきた存在です。初代から数えると100年以上にわたって大阪の空に立ち続ける通天閣は、新世界という街そのものの浮き沈みを見届けてきました。戦火で失われ、市民の手で蘇ったという歴史が、この塔への愛着を今も支えています。
7月3日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)