ゆかたの日 (記念日 7月7日)

ゆかたの日
制定年
1981年(昭和56年)
制定者
日本ゆかた連合会
日付
7月7日(七夕)
浴衣の原型
平安時代の湯帷子(ゆかたびら)
関連行事
乞巧奠(きっこうでん)

平安時代の貴族たちは、蒸し風呂に入るとき「湯帷子(ゆかたびら)」と呼ばれる麻の衣を身にまとっていました。やけどを防ぎ、汗を吸い取るためのこの簡素な一枚が、現代の浴衣の原型です。それから千年以上の時を経て、浴衣は日本の夏を彩る代表的な衣装となりました。7月7日の「ゆかたの日」は、1981年(昭和56年)に日本ゆかた連合会が制定した記念日です。なぜ七夕の日が選ばれたのか。その理由は、中国に伝わる「乞巧奠(きっこうでん)」という行事にあります。漢の時代から、女性たちは旧暦7月7日の夜に針と糸を手に取り、天の川に輝く織女星に裁縫の上達を祈りました。『西京雑記』には、宮中の女性たちが七孔の針に月明かりの下で糸を通し、その巧みさを競ったと記されています。七夕とは本来、衣服の技に感謝し、その向上を願う日だったのです。

日本においても、七夕は「棚機(たなばた)」と書かれていた時代がありました。機を織って神に捧げる巫女を「棚機つ女(たなばたつめ)」と呼び、祖霊を迎えるために衣を織る神事が行われていたとされます。中国の乞巧奠と日本の棚機の信仰が習合し、七夕は星を仰ぐだけでなく、衣にまつわる祈りの日として定着していきました。

湯帷子から浴衣への転換が起きたのは、江戸時代のことです。元禄期(1688〜1704年)を中心に木綿の国内栽培が広がり、麻に代わって肌触りのよい綿の浴衣が庶民の間に普及しました。天保の改革では庶民の絹着用が禁じられたこともあり、木綿の浴衣はますます身近な存在になります。銭湯文化の発展とともに、入浴着から湯上がりの寛ぎ着へ、さらに盆踊りや夕涼みの外出着へと、浴衣の役割は大きく変化していきました。

現代の浴衣は、花火大会や夏祭りに欠かせない装いです。

七夕の夜、織女星に裁縫の腕を祈った古代の女性たちと、浴衣に袖を通して夏の夜を楽しむ現代の私たちは、衣を通じた文化のつながりの中にいます。一枚の布を仕立て、纏い、大切にする。ゆかたの日は、そうした衣への感謝を思い出させてくれる日です。

7月7日のカレンダー情報

六曜 先負
吉日 一粒万倍日、神吉日、大明日、天恩日
月齢 22.0

7月の二十四節気・雑節

  • 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
  • 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
  • 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
  • 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)