重信忌 (記念日 7月8日)
- 生年月日
- 1923年(大正12年)1月9日
- 没年月日
- 1983年(昭和58年)7月8日、享年60歳
- 出身地
- 東京市小石川区(現:東京都文京区)
- 独自の俳句形式
- 三行・四行書きの多行表記
- 師
- 富澤赤黄男(とみざわ かきお)
- 主な句集
- 『蕗子』『伯爵領』『黒衣撒』
俳句の形式そのものを問い直した俳人がいます。高柳重信(たかやなぎ しげのぶ)は、一行に収めるという俳句の常識を破り、三行・四行にわたる多行表記の俳句を独自に開拓しました。重信忌は、1983年(昭和58年)7月8日に60歳で亡くなった重信を偲ぶ忌日です。
1923年(大正12年)1月9日、東京市小石川区(現:東京都文京区)に生まれました。父もまた「黄塢木(こうおぼく)」の俳号を持つ俳人であり、重信は幼い頃から俳句の世界に身を置いていました。1936年(昭和11年)、13歳の頃から父の所属誌『春蘭』などに投句を始めています。
早稲田大学専門部法科に進学した重信は、在学中に「早大俳句研究会」に所属し、同人誌『群』や『早大俳句』を創刊します。この時期に新興俳句へと転じ、1942年(昭和17年)の卒業後、翌年には『玻璃』へ参加しました。戦後は俳人・富澤赤黄男(とみざわ かきお)に師事し、『太陽系』『七面鳥』『芭蕉』といった同人誌に次々と参加しながら、自らの俳句観を深めていきました。
重信の最大の特徴は、多行表記という独自の俳句形式です。句を複数行に分けて配置することで、読み手の視線の動きそのものを詩的な効果として組み込みました。句集には『蕗子(ふきこ)』(1950年)、『伯爵領(はくしゃくりょう))』(1952年)、『黒衣撒(くろみさ)』(1956年)、『高柳重信全句集』(1972年)があります。なお「蕗子」は実子である歌人・高柳蕗子(ふきこ)の名を冠したものです。
1958年(昭和33年)には総合同人誌『俳句評論』を創刊して編集に携わり、1967年(昭和42年)からは総合誌『俳句研究』の編集に従事、翌1968年(昭和43年)には編集長に就任しました。評論集として『バベルの塔』(1974年)、『現代俳句の軌跡』(1978年)を著し、俳壇における批評活動でも大きな存在感を示しました。俳人・中村苑子(なかむら そのこ)とは内縁関係にあり、妹の高柳美知子(みちこ)は性教育評論家として知られています。多行俳句という実験は、戦後前衛俳句の一極として今日もその先駆的意義が語り継がれています。
参考リンク
7月8日の他の記念日
7月8日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)