生命尊重の日 (記念日 7月13日)
- 日付
- 7月13日
- 制定年
- 1984年(昭和59年)
- 優生保護法公布
- 1948年(昭和23年)7月13日
- 母体保護法へ改称
- 1996年(平成8年)
- 強制不妊手術被害者数
- 約1万6500人
- 最高裁違憲判決
- 2024年7月3日
1948年(昭和23年)7月13日、「優生保護法」が公布されました。この法律は「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的に掲げ、人工妊娠中絶の条件や不妊手術の規定を定めたものです。生命尊重の日は、この法律の公布日にちなみ、1984年(昭和59年)に医師・法律家・教育者・主婦などで構成される実行委員会によって制定されました。
優生保護法には、優生学的な思想が色濃く反映されていました。母体の保護はあくまで副次的な位置づけであり、法律の主眼は「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止」することに置かれていたのです。1952年(昭和27年)の改正では、遺伝性でない精神疾患や知的障害がある場合にも本人の同意なく不妊手術を行えるよう範囲が拡大されました。翌年の厚生省通知では「身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される」とまで記されています。国の調査によれば、強制的な不妊手術の被害者は約1万6500人にのぼります。
1996年(平成8年)、優生思想に基づく条文が削除され、法律の名称は「母体保護法」に改められました。母体の生命と健康の保護を主たる目的とする法律へと転換し、不妊手術についても本人の同意を必要とする規定に変更されています。
しかし、強制手術を受けた被害者への補償は長く放置されたままでした。2018年以降、全国で国に損害賠償を求める訴訟が相次ぎ、2024年(令和6年)7月3日、最高裁大法廷は旧優生保護法を「個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反する」として、制定時から違憲であったと判断しました。国の賠償責任を認める初の統一判断です。生命尊重の日は、一人ひとりの生命が等しく尊いという原則を、法の歴史から問い直す日でもあります。
7月13日の他の記念日
7月13日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)