パリ祭・フランス革命記念日 (記念日 7月14日)

パリ祭・フランス革命記念日
日付
7月14日
正式名称
Fête nationale française
起源
1789年バスティーユ監獄襲撃
祝日制定
1880年
日本の呼称由来
1932年公開の映画『巴里祭』
主な行事
軍事パレード、花火、大統領演説

1789年7月14日、怒りに燃えるパリ市民がバスティーユ監獄に押し寄せ、その門を打ち破りました。絶対王政の象徴だった要塞の陥落は、フランス革命の幕開けとして世界史に深く刻まれています。「自由・平等・博愛」——この三つの理念を掲げた革命は、やがてヨーロッパ全体を巻き込む大きなうねりへと発展していきます。革命の波及を恐れた周辺国は連合軍を組織してフランスに攻め入りました。この危機を救ったのが、後にフランス皇帝となるナポレオン・ボナパルト(1769〜1821年)です。彼は連合軍を打ち破り、革命後のフランスを守り抜きました。このとき、港湾都市マルセイユから駆けつけた義勇兵たちが行軍中に歌っていた勇壮な歌が、パリ市民の耳に強烈な印象を残します。この歌こそ、後にフランス国歌となる『ラ・マルセイエーズ』(La Marseillaise)です。

フランスでは1880年以来、7月14日は国民の祝日に定められています。正式名称は「Fête nationale française」(フェトゥ・ナスィオナル・フランセーズ)。「fête」は祝祭、「nationale」は国民の、「française」はフランスの、という意味で、直訳すれば「フランス国民の祭日」となります。フランス革命記念日、あるいは建国記念日とも呼ばれるこの日は、フランス人にとって国家のアイデンティティそのものです。

日本で「パリ祭」という呼び名が定着したのは、映画がきっかけでした。1932年(昭和7年)に公開されたルネ・クレール監督の映画『Le Quatorze Juillet』(7月14日)に、配給会社が『巴里祭』という邦題をつけたのです。原題はただの日付ですが、「巴里祭」という響きがどこか華やかで、日本人の心をとらえました。以来、フランス本国では使われない「パリ祭」が、日本独自の呼称として今も親しまれています。

この日のフランスは、まさに祝祭一色に染まります。各地で朝から夜まで花火が打ち上げられ、パリではシャンゼリゼ通りで大統領臨席のもと盛大な軍事パレードが行われます。消防士たちがダンス・チームを編成して市民に踊りを披露するのもこの日の恒例行事です。大統領による国民向けの演説、エリゼ宮殿での茶会と、フランス共和国の威信をかけた一日が続きます。革命から二世紀以上を経てなお、バスティーユ陥落の記憶はフランスの礎として生き続けているのです。

7月14日のカレンダー情報

六曜 赤口
月齢 29.0(新月)

7月の二十四節気・雑節

  • 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
  • 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
  • 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
  • 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)