廃藩置県の日 (記念日 7月14日)
- 制定年
- 1871年(明治4年)
- 旧暦日付
- 明治4年7月14日
- 新暦日付
- 1871年8月29日
- 当初の都道府県数
- 3府302県
- 統合後
- 3府72県(同年中)
- 現行47都道府県の確定
- 1888年(明治21年)
1871年(明治4年)8月29日、明治政府はわずか一日のうちに日本全国の藩を廃止し、県を設置するという大胆な改革を断行しました。廃藩置県と呼ばれるこの政令は、約260年続いた幕藩体制を完全に終わらせ、日本を中央集権国家へと生まれ変わらせる決定打となったのです。この改革には前段階がありました。2年前の1869年(明治2年)、版籍奉還によって各藩の土地と人民は形式上、天皇に返還されていました。しかし実態としては、旧藩主がそのまま藩知事に任命され、従来とほとんど変わらない統治が続いていたのです。税の徴収も軍事力も依然として各藩が握っており、明治政府の権限は限定的なものにとどまっていました。
こうした状況を打破するため、政府は廃藩置県を断行します。各藩知事は一斉に免職となり、代わりに中央政府が任命した県令(県知事)が全国に派遣されました。旧藩主たちにとっては突然の失職でしたが、政府は巧みな懐柔策を用意していました。華族としての身分を保障し、家禄(給与)も引き続き支給したうえで、東京への移住を命じたのです。領地から引き離すことで反乱の芽を摘みつつ、待遇面では不満を最小限に抑えるという周到な計算がありました。
実施直後の日本の行政区画は、3府302県という膨大な数にのぼりました。これは旧藩の領域をそのまま県に置き換えたためです。飛び地や入り組んだ境界線がそのまま残り、行政の効率は決してよいものではありませんでした。そこで政府は段階的に統廃合を進め、同年中に3府72県へと大幅に整理しました。さらにその後も調整が重ねられ、現在の1都1道2府43県、合計47都道府県の形が確定したのは1888年(明治21年)のことです。廃藩置県から実に17年の歳月を要しました。
廃藩置県は、日本史上もっとも劇的な行政改革のひとつといえます。一夜にして数百の独立した政治単位が消滅し、統一的な地方行政制度が敷かれたのですから、世界史的に見ても類例の少ない出来事です。この改革によって徴税・軍事・司法の権限が中央に集約され、近代国家としての日本の骨格が形づくられました。
参考リンク
7月14日の他の記念日
7月14日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)