求人広告の日 (記念日 7月14日)
- 初掲載日
- 1872年(明治5年)7月14日
- 掲載紙
- 東京日日新聞(現・毎日新聞の前身)
- 募集職種
- 乳母
- 掲載場所
- 呉服橋内、元丹波守邸内・天野氏
- 給与条件
- 「給金は世上より高く進ずべし」(相場より高額)
1872年(明治5年)7月14日付の『東京日日新聞』に掲載された一行の告知が、日本の求人広告の原点です。「乳母雇い入れたきに付心当たりの者は呉服橋内、元丹波守邸内、天野氏へお訪ねくださるべく候。乳さえよろしく候へば給金は世上より高く進ずべし。」——新聞紙上で雇用条件を公開し、広く応募を募るという手法は、当時としては画期的な試みでした。
『東京日日新聞』は1872年に創刊された日刊紙で、現在の毎日新聞の前身にあたります。明治維新からわずか4〜5年。新政府が近代国家の制度づくりを急ぐ中、新聞という媒体も急速に社会に普及しつつある時期でした。広告を通じて不特定多数に情報を届けられるインフラが、ようやく整い始めていたのです。
求人の内容は乳母の募集でした。乳母とは実母に代わって乳児に授乳し養育する女性のことで、当時の商家や武家では珍しくない雇用形態でした。ただ、これまでは口伝てや縁故で人を探すのが通例であり、新聞紙面で公募するという発想はほとんど前例がありませんでした。広告文には「乳さえよろしく候へば」という条件が添えられており、乳の質・量を最優先とし、それ以外の属性は問わないという実務的な姿勢が読み取れます。また「給金は世上より高く進ずべし」と報酬の優位性を明示して応募を引き付けようとする構造は、現代の求人広告が訴求力を高めるために給与を前面に押し出す手法と本質的に同じです。媒体は和紙の新聞であっても、採用競争の論理はすでに機能していました。
この出来事を記念し、7月14日は「求人広告の日」とされています。現代では求人メディアは紙からWebへ、さらにSNSやスカウト型サービスへと多様化しましたが、「条件を示して人材を公募する」という基本構造は154年前の乳母募集から変わっていません。
7月14日の他の記念日
7月14日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)