チェーホフ忌 (記念日 7月15日)
- 生年月日
- 1860年1月29日
- 没年月日
- 1904年7月15日(44歳)
- 出身地
- ロシア・タガンログ
- 四大戯曲
- かもめ・ワーニャ伯父さん・三人姉妹・桜の園
- 埋葬地
- モスクワ・ノヴォデヴィチ墓地
1904年7月15日、肺結核を患ったアントン・チェーホフはドイツのバーデンワイラーで息を引き取りました。44歳でした。チェーホフ忌は、ロシア文学を代表する劇作家・小説家であるチェーホフの忌日です。
チェーホフは1860年1月29日、ロシア南西部のタガンログで生まれました。父は雑貨店を営んでいましたが、1876年に一家は破産。家族はモスクワへ夜逃げ同然に移住しますが、チェーホフだけはタガンログに残り、中学校での勉学を続けました。その後モスクワ大学医学部に進学し、学費と家族の生活費を稼ぐために、ユーモアあふれる短編を新聞や雑誌に書き続けました。この時期の経験が、後の短編小説の土台となっています。
1884年に医師免許を取得してからは、医師と作家の二足のわらじを履きながら活動を続けました。1887年に上演された戯曲『イワーノフ』で劇作家としての地位を確立。さらに1890年には、結核を抱えながらも流刑地であったサハリン(樺太)への旅を決行し、現地の実態を記録した旅行記『サハリン島』を1895年に発表しています。
チェーホフの名を後世に伝えているのは「四大戯曲」と呼ばれる作品群です。『かもめ』(1896年)、『ワーニャ伯父さん』(1899年)、『三人姉妹』(1901年)、そして絶筆となった『桜の園』(1904年)。いずれも現代演劇の古典として、今日も世界各地の舞台で上演されています。短編小説においても『六号室』(1892年)、『犬を連れた奥さん』(1899年)など、人間の内面を鋭く切り取った作品を多数残しました。
1901年には女優のオリガ・クニッペルと結婚しましたが、肺結核の症状は悪化の一途をたどります。療養のためドイツへ渡り、同地で生涯を閉じました。遺体はモスクワのノヴォデヴィチ墓地に埋葬されています。故郷タガンログの生家は現在も記念館として保存されており、チェーホフゆかりの地として訪れる人が絶えません。
7月15日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)