外国人力士の日 (記念日 7月16日)
- 初優勝の日付
- 1972年7月16日(昭和47年)
- 場所・番付
- 名古屋場所・東前頭4枚目
- 初優勝の成績
- 13勝2敗
- 出身地
- アメリカ・ハワイ州マウイ島
- 所属部屋
- 高砂部屋
- 幕内連続出場
- 1231回
1972年7月16日、大相撲名古屋場所の千秋楽。東前頭4枚目の高見山大五郎が13勝2敗の成績で初優勝を果たし、外国出身力士として史上初の幕内最高優勝者となりました。表彰式ではアメリカのリチャード・ニクソン大統領から祝電が届き、高見山は涙をこぼしたといいます。
高見山の本名はジェシー・ジェームス・ワイラニ・クハウルア。アメリカのハワイ州マウイ島の出身で、愛称は「ジェシー」でした。来日のきっかけは1964年、当時明治大学相撲部の関係者に声をかけられたことで、高砂親方から5年間の衣食住を保障するという条件でスカウトされました。20歳の若者は海を渡り、言葉も文化も異なる日本の相撲部屋へと入門したのです。
当時の相撲界に外国人力士はほとんどおらず、高見山は文字どおりの開拓者でした。190センチ超の長身と重量感ある体格は土俵で際立ちましたが、日本語習得や稽古の厳しさなど、その苦労は並大抵ではなかったといいます。初土俵から8年をかけて初優勝をつかんだその軌跡は、後に続く多くの外国出身力士への道を切り開きました。
翌場所には外国出身力士として初めて関脇に昇進。その活躍はハワイや北米でも広く報じられ、相撲に対する国際的な注目を集める契機となりました。現役中に記録した幕内連続出場1231回という数字は当時の記録として長く語り継がれており、引退後は東関親方として後進の指導にあたりました。東関部屋からは後に曙・武蔵丸という2人の外国出身横綱が誕生しています。高見山が踏み出した一歩が、その後の大相撲の国際化という大きな流れの出発点になったといえます。
「外国人力士の日」は、この歴史的な初優勝を記念して制定されました。
参考リンク
7月16日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)